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「村人を襲ってるのって、こいつの事――!?」 「恐らくそうでしょうね。ただ、普段見るものより、大きさが桁違いですが」 ロニール雪山中腹、一端の崖の上。 濃い吹雪の中、一行は小山を思わせる巨体と対峙した。 灰色の鬣に漆黒の体毛に覆われた巨体に飾られている白い目が、 新たな獲物を見つけた歓喜の色に染まり、一行見下ろしている。 「気が立ってるわ、油断は禁物よ」 「わーってるって!行くぜ!ガイ、!!」 「あぁ!」 「りょーかい!!」 「――きますわ!」 地鳴りのような獣の咆哮が、雪崩を起こしそうな程空気を震わせた。 Sincere faith ケテルブルクに立ち寄ったルーク達の元に 街の知事であり、ジェイドの妹であるネフリーが訪ねて来たのは昨日の事。 たまたまロビーにいたがホテルの受付にいたネフリーの姿を見つけ、声を掛けた。 「?ネフリーさん…?」 「…!さん、ここにいらっしゃったんですか!」 結い上げられた金髪に黒縁の眼鏡、整った顔立ちはどこかジェイドに似ている。 「久しぶりね」 「ぁ、はい、、兄がお世話になってます」 「いやいや、とっても頼りになってるから! …ジェイドに用事だったら、呼んで来よっか?」 「いえ、兄だけじゃなく…皆さんに、折り入ってお願いがあって来たんです」 「?…―」 いつになく深刻な表情を浮かべるネフリーを見、 は何か重大な事態が起こっている事を予感した。 瞬時に柔和な笑顔から真摯な表情に塗り替えると、 「…じゃ、皆呼んで来るからちょっと待ってて」 落ち着いた様子で踵を返した。 数分後。 「(ティアとナタリア、アニスには伝えたから…あとは男性陣)」 男性陣の部屋をノックすると、瞬時にドアが開け放たれる。 「――」 相変らずの微笑みが、と目が合った瞬間 余計に深みを増した様に見えた。 「あ、ジェイド(出てくるの早っっ)」 「珍しいですね、あなたが―――」 と、そこでジェイドの台詞を遮って、 の声を部屋の奥で聞きつけた男性陣残り二人の声が割り込んでくる。 「?そういえば、買出し当番じゃなかったっけ? 言ってくれればいつでも手伝うからさ―」 「、丁度良い所に来たな!新しい音機関の設計図が―」 「そこの二人、煩いですよ。」(黒) この三人の張り合いの原因に、いつものことだがは全く気付かない。 「…三人共!下でネフリーさんが待ってます。女性陣は皆先に行きましたよ」 一気に騒がしくなったその場を一括し、先に歩き出した。 「…呼びに来ただけでしたか」 「?何か言った…?」 「いえ?なーんにも」(にこっ) 「(黒いなぁ…)」 ジェイドの零れんばかりのどす黒いオーラに何とか耐えながらも男性陣をまとめ ロビーに降りると、丁度ネフリーの話が始まろうとする所だった。 「実は…最近、物資を港から運搬する際に 商人が魔物に襲われるという事件が多発しているんです」 「魔物、とは?」 「話に聞いただけですが、かなり大型で危険な魔物だと… 前はこんな被害なかったんです。でも、 その魔物はどうやらロニール雪山から降りてきているらしくて――」 ロニール雪山とその周辺の雪原は特に吹雪が激しく、 出没する魔物も港の付近などで出没する狼などとは比べ物にならないほど危険だという。 「じゃぁ、獲物を狙って山から降りて来て、 狩り終わったらまた山に戻ってるって事?」 「そう…ですね。あまりにも頻繁に襲われるので 街中の物資が不足してしまっているんです、お願いします、 皆さんの旅がとても大変なのは分かっているつもりですが… 街のためにも、その魔物を退治して頂けませんか?」 そんな事なら、とルークがロビーのソファから立ち上がった。 下げていた頭を上げ、一同の顔をうかがうネフリーに笑顔で言う。 「船を修理してもらってからネフリーさんには世話になりっぱなしなんだし、 魔物退治ぐらいお安い御用だ!な、みんな?」 「そうだな、恩返しにもならないが俺達に出来る事っていったら それくらいしかないしな」 「ネフリーさん、私達で出来ることなら何でもします」 「雪山かぁ、寒そう〜でも魔物そのままにして置けないもんね」 「そうですわ、明日にでも出発しましょう!」 熱血な人物が揃っているおかげで、火が付くのは何処よりも早い。 「って事で、魔物退治、お引き受けしますw」 「皆さん、ありがとう…!」 「業火よ、焔の檻にて焼き尽くせ―――イグニートプリズン!!」 吹雪を爆炎が一瞬溶かし、立ち上った火柱が黒い巨体を突き上げる。 しかし、予想外に素早い身のこなしでその巨体は身を翻すと 体の一部に焼け焦げた煙をあげながら雪原に着地した。 自らが発動した譜術を回避され、 しかし動じた様子も無くジェイドは巨体を睥睨しながら言う。 「サイズが大きいだけで"ただ"のオリウェイルかと思いきや…中々手強いですね」 「人間に慣れているせいなの…?!怯む気配すらないなんて―!」 「吹雪が邪魔で矢が当たりませんわッ!」 「前衛陣は大丈夫〜!?――あっ、三人共危ないっ!!」 アニスの叫びを聞きつけたが、不鮮明な視界の中で一瞬で危機を探り当てる。 「二人とも後ろに飛んでっ!!」 「「!!」」 地を蹴って三人が後ろに退くと、直後、 巨大な黒い獣の尾が三人がいた場所に叩きつけられた。 抉れた地面を見つめ、は忌々しげに巨体の尻尾を一瞥する。 「尻尾が邪魔ね」 「よし、尻尾からなんとかするか」 頷きあった前衛陣の三人が均等な間隔で巨体を囲み、 が先陣を切って巨体の方へ駆け出した。 すかさず振り下ろされたオリウェイルの幾重にも重なる鋭利な爪を 一閃を浴びながらも避けきり、 両刃の剣を黒い腕に食い込ませると巨体が鈍い呻き声を上げる。 どうやらこの一閃は効いた様だ。 噴出した返り血も避け、 ついに轟音を上げて迫ってきた尾をが腰を落とし剣の平面で受け止めると―― 「――魔王炎撃破!!」 ジェイドの譜術によって発生していたFOFを利用し、 ガイが炎を纏った見事な一閃でオリウェイルの尾を付け根から切り落とす。 どさりと切り落とされた尾が雪の中に埋もれ、雪原が赤い染みで染められていく。 一旦退いたガイに、が微笑み掛けた。 「さっすがガイ様!」 「中々だろ?…じゃなくて!、傷は大丈夫か!?」 平然と構えるの左腕は鮮血で濡れている。 しかし、彼女は気丈な笑みを崩さなかった。 「えぇ。このくらいなんとも無いわ、ありがと」 その間にも、後方からティアが発動した譜術が巨体の足元に陣を描き、 エクレールラルムの白い閃光がオリウェイルから体力を大幅に削り取っていく。 「今よッッ!!」 ティアの声に呼応する様に 痛みに悶絶し、動きを止めた黒い巨体の上空に白い雪に映える赤髪が翻った。 「これで止めだ――!!」 重力に習って振り下ろされたルークの剣が巨体の肩口に食い込む。 吹き上がった鮮血が戦いの終わりを告げた。 「やったな…」 「ルークも剣がしっかりしてきたわね」 「そ、そうか?強かったー…あー肩が痛ぇ」 疲労感を露にした三人の前で、絶命したオリウェイルが雪原に大きな音を立てて頽れる。 その向こうでは、後衛陣が各々慰労する様に笑みを浮かべ、 ティアとナタリアが回復の準備をしてくれていた。 だが、その時。 ズズズ… 「「「!?」」」 突如唸り声を挙げ始めたのは雪原に埋もれる地面。 地震とは気配が違う様だ。 前衛三人が振動する足元を見下ろすのとほぼ同時に、 「崖が崩れます!三人共、早くこちらへ―――!!!」 ジェイドの驚愕の色を濃くした叫びが飛んだ。 そしてその直後、三人が反応する間も無く境界線を引くように雪原に亀裂が入り――― 「なっ…!?」 「しまっ―――!」 ティア達が駆けて来るのが見えたが、遅すぎた。 巨体の亡骸と共に、三人の足元の地面が急激に降下し始める。 「!!!」 珍しく狼狽しきったジェイドの深紅の瞳と視線が絡み合う。 「―――っ」 差し伸べられた手を掴もうとしたが紙一重で届かず、 三人の視界は、壮絶な浮遊感に伴うように一瞬で白色に染められた。 「うっそ!!ちょっ、ルーク様、ガイ、ーッ!!!!」 雪に呑まれ、崖下に落ちていった三人を追う様に 端から身を乗り出したアニスを、ティアが引き止める。 「アニス、落ち着いて!ここからじゃ高すぎるわ!」 「―でもっ」 「山を少し降りて崖下を目指しましょう。 この高さでは、誰が降りてもただではすみません。わかりますね?」 「…―っ」 確かにそれはそうなのだ。分かっている。 だが、落ちていった前衛三人は既に自分達より酷い怪我をしていたのだ。 「だからこそ、いち早く確実に、三人の元に 私達が万全の状態で駆けつけなければならないんですよ」 心を読んだように焦燥するアニスを宥めると、ジェイドは早々に歩き出した。 心なしか声が低い気がするのは、事態を予感し損ねた自分への自己嫌悪か、 恐らく仲間達の気のせいではない。 「まずいですわ…三人の中に治癒士はいませんし… 回復系のアイテムも恐らく先の戦闘で――」 「ナタリア、三人はきっと無事よ。今は崖下を目指しましょう」 「…え、えぇ、そうしましょう!」 「う…」 「だ、大丈夫か、二人とも…」 痛みを堪えながら、ガイが呼びかける。 「痛っ――」 体中が痛い。元から傷を負っていた左腕の感覚は、もはやなくなっている。 だが、体に染みるのは雪の冷たさではなく、人の温かさ。 うっすらと目を開けると、視界は白、と赤。 ルークがを受け止める様な形で着地していた。 「…。…―ルークっ!?」 勢いよく体を起こしたが呼びかけるが、 ルークは横たわったまま、返事は返ってくる気配が無い。 「ルーク!」 「おい!ルーク、大丈夫か!!?」 一瞬背筋が冷えたが、ガイが急いで手首の脈に触れていると、 「う…」 「!何とか、大丈夫みたいだな」 「―良かった―…」 ルークを支えながら吹雪が吹きつけていない崖の岩盤の影に移動し とりあえずその場に腰を下ろした二人は疲労感を堪える様に溜息をついた。 強打した体が痛み、オリウェイル戦で負った傷が疼いている。 問題は、三人共ほとんど回復術を使えず、回復アイテムも切らしているという事だった。 満身創痍の体を支え、が呟く。 「どうしよう―…」 「ティア達が助けに向かって来てくれてはいるだろうが…」 「でも、この吹雪も、段々酷くなってきてるし――」 「助けを待ってずっとここに居続けるのは…避けたほうがいいだろうな…。 早くしないとルークも―」 ほぼ瀕死状態のルークを見て、が思いついたような表情をした。 「ガイ、いい考えがあるの。聞いてくれる?」 「?――!」 一瞬首を傾げたガイだが、直後、何かに気付いたように表情を険しくする。 「…私の―――」 「まさか、そんな体で第七音素を使うとかいうんじゃないだろうな?」 俺は賛成できないな、と 珍しく鋭利な突っ込みに、が沈黙した。 やっと口を開いたかと思うと、 「……分かってるなら、話は早いわ」 決意を込めた笑み。 ガイは気が重くなったといわんばかりに大きな溜息を漏らす。 「…、君だって怪我をしてるだろ。そんな状態じゃ君が―――」 「でも、今はそうする事が一番の得策だと思うわ。」 には、特殊な力がある。 体内の第七音素を使い、自分以外の存在の体内の細胞組織を組み替え、 それを自分の体にトレースする能力。 つまり、他者が負った傷やダメージを自分の体に移し変える事もできる。 対象を任意の量だけ回復させる事が出来、上級の回復術にも属する力だが やはり難点は、術者に100%そのダメージが返ってくるという所。 しかもは譜術士としての訓練を積んでいないので 自らを回復させる術を持たない。 だからこそ、ガイは渋っているのだ。 彼の心配を他所に、 は自分の脳裏で構築された打開策を実行する気満々である。 「ここから移動しようにも、ルークを運んでの移動じゃ 運ぶのがあなたでも時間が掛かってしまうでしょう? だから私が、ルークのダメージを請け負って 彼を歩ける程度にまで回復させる。簡単な話よ」 「簡単って…俺には、ルークのダメージを請け負える程 君に体力が残っている様には見えないな。やっぱり、俺がルークを―」 「ガイ!」 痺れを切らした様にが語気を強めて言った。 「日は沈んできたし、吹雪は段々酷くなってきてるわ。 皆が早く山を降りるべきなのは、分かるでしょ?!」 「―そのくらい、俺だって分かってるさ!」 突如立ち上がったガイが精一杯感情を堪えながら叫ぶ。 稀に見ぬガイの様子に、は瞠目した。 それに気付いたガイは声の調子を慌てて戻し、呟くように言う。 「す、すまない。―分かってるんだ、何が一番得策かなんて。 でも、、君がもしそれで倒れてしまったら…」 俺じゃ、君を助けてやれない――― 女性に触れられない自分の手がここまで憎らしく思えたのは、初めてだった。 「ガイ…」 ふっとの顔に微笑みが咲く。何の前触れも無く、突然に。 「?」 「ありがと。でも、本当に大丈夫だから。 信じて…って言っても無理かもしれない、けど…もし私に何かあっても、 私は、貴方も、皆も信じてるから」 「…!」 そしての手の平に音素が収束し始める。 岸壁にぐったりと寄りかかっているルーク、と 再び力なく腰を下ろしていたガイにも掌をかざし、 ガイに止める暇を与えることなく 「目覚めたルークに、よろしく言っといて頂戴」 は瞳を閉じた。 「ルーク様〜!〜ッ!!ガイ〜!どこ〜!!??」 「聞こえたら返事をして!!!」 日が沈み始め、吹雪が酷くなってきたせいかもはや辺りは 夕焼け所か暗闇に包まれ始めている。 膝下辺りにまで迫ってきた雪面を強引に掻き分け、四人は進み続けていた。 「日が暮れ始めて来たようですね…何か策を練らないと、 このまま私達も遭難してしまいます」 だが、決して三人を置いて行くとは言わない。 諦めるつもりは無い。と、ジェイドが目を眇めながら眼鏡の位置を直した、 その時だった。 「あッ!!」 吹雪の中に"二つ"の人影を見つけたアニスが 悲鳴にも似た叫び声をあげ、駆け出す。 それを追う様に他の仲間たちも人影の元へと駆け出した。 「もう!心配かけさせないでよ〜!ガイ!!ルーク様ッ!!…――!」 けたたましく駆け寄ったアニスが、突如言葉を失くした様に黙り込む。 ルークの背に、意識が無く、血の気の失せた顔色のの姿があった。 「久しぶり…か」 三人分の荷物を抱えながら、ガイが疲れきった、それでも精一杯の笑みを浮べる。 「皆、心配かけてごめん…それより、ティア、ナタリア、を―――」 息を荒くしながらも更に歩みを進めようとしたルークと瀕死状態のの傍に、 すかさず治癒士二人が詠唱準備に取り掛かりながら駆け寄った。 「動かないで!ガイもよ、ひとまず一通り回復してから、すぐに山を降りましょう」 「!大丈夫ですか!?しっかりして下さい!!」 ティアとナタリアによる回復譜術の光が、辺りを照らしていく。 いつの間にか接近していたジェイドが、ルークの背からを抱き上げ 先刻のガイと同じように手首に指を添えた。 深紅の双眸を細め、雪のせいか余計に色白く見えるの顔を見つめながら、 「………力を、使ったようですね―」 呟きは、吹雪の轟音に掻き消された。 どのくらい時が経ったのか、うっすらとが目を開けると 視界には白い天井が映っていた。 体に掛けられている暖かな布団、柔らかな枕。 そして力を使った事による頭痛と戻り始めている左腕の感覚。 第七音素を使う特殊能力を持っているせいなのか、 の体には第七音素を用いた回復術が効きにくいため 傷が完治しないのはいつもの事だ。 「…」 大丈夫だと啖呵を切ったが、やはり負いきれなかった。 しかし、なんとか生きてはいるようだ。 女性に触れないガイでないのなら、 自分を山中で運んでくれたのは恐らくルークだろう。 しかし、 「全く、あなたという人は…」 ベッド脇から聞こえてきた声は、それとは異なる、意外な人物の声だった。 「…ジェイド…」 「寝てなさい」 「ぅ…」 体を起こそうとしたを留め、腕を組むとジェイドは溜息混じりに言う。 その顔に、笑みは浮かんでいなかった。 「あまり、無茶をしないでください。 ただでさえ老い先短い私の寿命を心労でこれ以上縮めるのがそんなに楽しいのですか?」 いつもより厳しい(?)言葉だが、口調は今までで類を見ないほど優しいような気がする。 「ご、めんな、さい」 「もういいです。次からは気をつけてくださいね」 無事でよかった、 そう呟くとジェイドは が目覚めてから初めて微笑みを浮かべ、 差し伸べた掌での頭を優しく撫でた。 表裏のなさそうな稀な微笑みに、は一瞬見入ってしまう。 「っ、ジェイド…」 「何ですか」 「あの」 ばーんっ 勢い良く部屋のドアが開け放たれ、 脆くもぶち壊された雰囲気を惜しんだジェイドが思わず眉を潜める。 ドアが壁に当たって跳ね返る音を通り越し、 「!大丈夫か!?ほんっとに俺、お前に迷惑かけちまって――」 「怪我の具合はどうだ?食べやすそうな食材買って来たから、 すぐに料理して持ってくるからな!」 早々に全快し、駆け込んできたルークとガイ。 ジェイドの眼鏡が逆光のせいか、妖しく輝く。 「…どうやら、余程あの雪山に埋められたい様ですね」 「ジェイド!もーあなた達は一体何で素直に仲良く出来ないの!?」 の絶叫が、ケテルブルクホテルに木霊した。 張り合う男達をとめる者は、誰一人いない。 そしてこれからも、現れないだろう。 end |