生憎の曇り空に覆われているケセドニアの、
閑散とした裏路地にいくつもの足音が連なって響く。
先陣を切って駆ける、か細い足音は女性のもの。
その後を、いくつもの男のものと思われる足音が追い立てている。








「だ、だれか…っ!!」






マルクト側の商人の娘は、金髪の髪を振り乱しながら
必死に疲れきった足を動かし続けていた。
止まればおしまいだ。脳裏の絶望を振り払いながら助けを呼ぶが
この時間帯に、こんな裏路地に他に人がいる方がおかしい。
そして、道なりに右折したその先には、残酷にも荘厳な壁が佇んでいた。
行き止まりだ。









「う…そ…」






冷や汗が頬を伝う。







「ははっ、鬼ごっこはここまでみたいだな、お嬢さん」
「手に持ってる荷物、渡してもらおうか」
「ま、それだけじゃ済まない事位分かっているだろーけどなァ、ハハハ」






五、六人の男達の頭らしき大男が厭らしい笑みを浮べながら
一歩一歩、憔悴しきった女性に近づいていく。






「こ、来ないで…!誰か!!」






助けて。







「誰も来やしねぇよ、あきらめな」






男が腕を伸ばしかけた、その瞬間。

















「女一人にそんな大勢で、―――最低ね」

「!?」







二人の間に上から降りてきた細い影が割り込んだ。
そして残像を残したまま、その影が繰り出した回し蹴りが
見事に男の顔面に命中した。









「ぐぁああっ!?!」



鼻の骨が砕ける鈍い音。



「な、何だ!?」
「頭ァ!!」






蹴り上げられた男が後ろに吹き飛び、地面に転がった。
一瞬騒然となった男達の前で
残像と影が動きを止め、実像に変わる。







背中に背負うは、一見不似合いな大刀。
結い上げられた透けるように美しい茶髪、そして細い背中。手足。
折れそうなその手足のどこにあの大男を吹き飛ばす程の力が隠されているのか
商人の娘には皆目検討つかないが、
ただ、









「そこに抜け道があるわ。早く、逃げなさい」









一瞬振り返った顔立ちはとても頼もしく、美しかった。










Cleaner








「で、でも、あなたは――」
「心配無用よ、だから行きなさい!」






ぴしゃりと言われ、一瞬たじろいだが、






「は、はいっ!あ、ありがとう―――」




商人の娘は、最後の力を振り絞り駆け出す。







「あっ!!待ちやがれこの――」
「しつこいってば」







表通りへと続く路地に消えた女性の背中を横目で見送った後、
深い海色の目で男達の面々を呆れた様に順番に眺めた。

「しつこい男は嫌われるって、よく聞くじゃない。知らない?」







と、その時。
むくり、と砂まみれになった大男が起き上がった。
蹴りを喰らい、怒気を露にした顔はある意味滑稽に見て取れる。
口に出しては余計怒らせてしまいそうなので
あえて黙っていよう、とは嘲笑を浮べた。








「てめぇ…俺達の邪魔しやがって…どうなるか分かってんだろうな」





それを合図に背後の男達が各自、自分の得物に手を伸ばす。






「頭、この女、よく見りゃ良い体してますぜ」
「殺すのは止して、売っちまいましょう、
 さっき逃した分の元は十分とれる筈」
「あぁ、まぁそれもじっくり楽しんでからだがな」







全く懲りる気配のない男達は嘗め回すようにの体を見つめ、
厭らしい笑みを復活させる。
こういう時が、世界中の男達には悪いが、男なんて屑だと思ってしまう瞬間だ。


取り出された得物は安物の刀からそれなりの剣まで、モノはピンからキリまであるが
どれもにとっては破壊するには容易すぎる代物で、扱う男達の体のこなしも
見ている限りでは素人に近い。






「…」






ここまで来て、笑みを浮べながらは首を傾げた。

少し、困ったことになってしまうかも知れない、と。






























空が曇っていようと、昼間の表通りの人通りは変わらない。






「よし、消費アイテムも買ったし」
「装備品も揃ったな」
「買出しは以上ですね」
「あぁ〜疲れた」






本日、買い出し当番に当たっているのは男共。
荷物を抱え、宿に戻ろうとした、その時だった。
雑踏のざわめきの色が変わり、その中で細い叫び声が木霊した。







「誰か、誰か来て下さい!手配中の盗賊団が―――!!」








「手配中の…?」
「最近、砂漠やこの辺りで頻繁に出没している盗賊ですよ。
 金品を持っている女ばかり狙い、
 捕らえられた女は果ては売り飛ばされてしまうとか―
 逃げ足だけは速く、キムラスカもマルクトも
 中々捕まえられずに苦労させられています」






領事館に連絡した方がいいですね、とジェイドが呟いた直後、






「――おい、あれ」






ガイが雑踏から偶然こちらに駆けてきた金髪の女性を発見し、声をあげた。

野次馬的雑踏を抜けた金髪の女性の目に
真っ先に飛び込んできたのは軍服を身に着けているジェイドの姿。
棒になりそうな足に鞭を打ち、すがりつく様に三人の元に駆け寄ると、
かすれた声で急き立てた。






「――お願いです!あなた、マルクトの軍の方でしょう!?奴らを早く―――」






捕まえて欲しい、という想いは分かる。

だが、奴らの逃げ足の速さは尋常ではないのだ。
この金髪の女性が被害に遭いかけて逃げて来たと云うのなら尚更、
その場所に行っても奴らがいる筈がないだろう。

あくまでも冷静さを保ったままジェイドが静かに言った。






「わかりました、領事館にすぐに連絡して私も――」
「それじゃ、手遅れになってしまうわ!!」






切望が悲痛な叫びに変わり、金髪の女性の目に涙が浮かぶ。







手遅れ…?







「どういう事だ?」





状況を読み間違っていたことに気付いたガイが首を傾げた。










「私を逃がしてくれた人が、まだ…っ」









「「「!!」」」






そういう事だったのか、とルークが言うより先に、






「それは、軍人ではない方ですか」
ジェイドの、先程とは一変した声色が周りを黙らせる。






「違うわ!女の人よ!!背中に大きな刀を背負っていたけど
 いくら武器を持っていたって相手が多過ぎ――――――」
「ルーク、ガイ、すぐに領事館に連絡をお願いします」
「え!?ジェイド!?!?うわっ」





抱えていた荷物をルークの抱えていたそれに重ねると
金髪の女性に案内を頼んだジェイドは全力で駆け出した。






「ルーク、俺達も急ぐぞ。
 背中の大刀っていったら、多分、しかいない」
「あ、あぁ!!」






器用に荷物を抱えて駆け出したルークの背を見ながら、ガイがぽつりと言う。
ま、旦那が行ったから、多分手遅れにはならないだろうけどな、と。

先程の豹変ぶりを見たガイだからこそ、
その顔にしみじみと苦笑いが滲んだ。































「痛―――っ…」






一撃、喰らってしまった。
肩口から零れ落ちる赤色の液体が腕を伝い、指先から地面に模様を描いた。






「…」






周囲はすでに男達に囲まれ、女性を逃した抜け道も塞がれてしまっている。

譜術を使えない人間に譜術を使うのは、にとって絶対の禁忌。
そして体術にしても背中の刀を抜くにしても、
井戸の中の蛙の様な厭らしいだけの貧相な盗賊団を相手にしては、



…殺してしまうかもしれない。








もちろん、自分がいたぶられた上に売り飛ばされ
最後に待つのは恥辱と孤独な死、
なんて無様な失態を晒すのも真っ平御免なのだが。

困った、とは笑った。
苦笑いだ。

それを見た一味の男が厭らしい笑みを濃くして口を開く。







「おとなしくする気になったか?」
「全く以ってならないわ」
「…」






飄々と答えたに、不快そうに男が眉を潜め刀を振り上げたその時。


















「─おとなしくするのはあなた方の方では?」











「!?」
「誰だ!?」






男達の向こう側から聞こえてきたのは、聞き慣れた声。
心なしか、いつもより低い気がするのは、恐らく気のせいでは無い。









「─ぎゃあぁああっ!」






断末魔の叫びと、吹き上がった血飛沫。

そして更に、






「なっ、だ、誰だぁ─?!─がっ!」
「!!」






肉が切り裂かれ、骨が砕ける音に、は目を見張る。
次の瞬間、目の前に立ちはだかりに刀を振り翳していた男の
開かれていた口から突如、鮮血と共に鋭利な槍の矛先が突出した。
一瞬で絶命に追い込まれた男の体が
後頭部から顔面に貫通した槍を軸に再び砂の上に倒れ伏す。







「…」







倒れた男の向こう側、
の目に、一味の者ではない人物の姿が映った。

青い軍服と、美しいブロンドに端正な顔立ちが返り血で汚れている。
眼鏡の奥の深紅の瞳は冷酷な色を浮べて骸を一瞬見下ろし、
状況に不釣り合いな穏やかな笑みを浮かべた男は返り血を拭うことなく
ゆっくりと男達の間を抜け、の元に歩み寄った。
の唇が、微かに彼の名を呼ぶ。







「…ジェイド」

「…」






返事は還らない。







大男に突き刺さった槍を拾い上げ一振りで血を払うと、ふと振り返った。
そして、周囲を取り囲んだまま
二つの死体を前に静まり返っている男達を一瞥し、、



















「用がない方は、どうぞお帰り下さい。
 もうすぐ軍の警備隊がやってきますよ」


















口元に残酷な笑みを滲ませたまま言った。



男達が蜘蛛の子を散らす様にいなくなったのは、そのすぐ数秒後の事。

困った様に俯いているを見下ろしながら
ジェイドは手元の槍を腕に戻し、ただ溜息をついた。








「…大丈夫ですか」








若干赤い瞳が怒っているのは、に対してではない。








「…」







ジェイドは無言で頷いたの、血で染まった肩口に注目した。
左手の平が白くなる程力を込めて押さえているが
残念ながらその努力が実っている訳ではなさそうだと
未だ流れ出している血液から判断できる。







「傷を、見せて下さい」

「大した事ないから!大丈夫――――っ」






ジェイドはの左手を掴むと、無理やり肩口から引き剥がした。
ぱっくりと割れた傷口から鮮血が溢れ出す。








「…これはまたすっぱりと…」
「油断しちゃいました、ハハハ…」







左手は掴んだまま、まじまじと傷口を眺めていたジェイドがふと呟く。









「さっきの一味、一人残らず始末しておけば良かったですね」
「ジェイド!」






すかさず声を上げる


どこから出したのか分からないが
いつの間にかジェイドの手に白い包帯が握られている。







「上着を脱いでください」

「…ハイ」





拒否権が無いのは、決定済み事項だ。

血を吸って重たくなった上着を脱ぎ、地面の上に置いた。
ここまで汚れてしまったら、恐らくもう洗っても無駄だろう。

包帯を露になった肩口の傷に巻き付けながら
ジェイドは薄笑いを浮かべて言う。







「私のを傷物にするなんて…余程腕に自信があるとしか思えませんが」

「私のって…しかも本当の傷物にはなってないから」
「当たり前です。本当にそんな事になっていたら
 即刻奴等を全員突き殺してますよ」
「……」






それを一瞬の真顔から笑顔に塗り替えてさらりと言う辺りが恐ろしい。
は黙り込んで巻かれる包帯を見つめた。













「はい、完了です。といっても応急処置ですから、
 戻り次第ティアかナタリアに回復してもらって下さい」

あっという間に長い包帯を巻き終えたジェイドがに微笑みかけた。
器用に巻かれた包帯は、綺麗に傷口を塞いでいる。見事なものだ。







「あ…ど、どうも…お手数掛けてスイマセン…でした」
「謝るくらいなら、次はもっと早くに逃げるか、私を呼んで下さい」
「う…は、はい………って、え―――」







突如、ジェイドがの肩を引き寄せると、そのままもたれ掛かる様にして抱き締める。
は急な展開に何の抵抗も出来ず、ただ顔を真っ赤にして狼狽した。







「え、っと…―――あの…っ」
「…私にここまで心配させるとは、あなたも罪な人ですねぇ」

…心配?






「…心配…したの…?」


「物凄く」







呟きながら、の首筋に顔を埋めると大きく息を吐き出すジェイド。
どうやら、本当に心配したらしい。

あの、"死霊使い"ネクロマンサーと呼ばれた、
否、呼ばれ恐れられている男が、
全身返り血で染まりながら守るもの。

何かと問われれば、
世間と仲間達の答えは全く相容れぬものとなるだろう。




















何を思ったか、突然呆れた様に笑みを零すと、は少しだけ体を離し
僅かに首を傾げたジェイドの頬に手を添え、掌と親指で返り血を拭った。








「せっかくの綺麗な顔が、台無しよ」











「…拭ってる余裕も無かったのでw」
「絶対嘘」






あの目を見た者なら、そう言い切れる。









「それに、」

「何?」














「血塗れでも、あなたが今の様に綺麗にしてくれますから」







だから私は、心置きなく血に染まれるのですよ。












「…」








私はあなたの布巾代わりか、と






穏やかな呟きが漏れた。












end