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爆音、閃光、そして引き裂くような凄まじい叫び。 断末魔の悲鳴が飛び交う中、少女は必死に探していた。 「何処、何処にいるの…!?父さん、母さんっ!!?」 見開かれた橙色の瞳に零れ落ちる寸前まで涙を溜め、 震える声を必死に張り上げる。 何処から来たのかも解からない鉄の鎧に身を固めた兵士達が 見知った大人たちに剣を振り翳している。 恐怖に染まった面持ちの大人たちは助けて、と言葉を紡ぐ前に 無常にも切り裂かれ、噴出した血が小さな少女に降りかかった。 砂塵と鮮血が舞い上がり、自分の居場所すらもはや分からない。 人影を器用に掻い潜りながら、呼び続けた。 「母さんっ!父さ―――」 カッ――――――――― その瞬間、人混みも、砂塵も、血で染まった街の建物も、全てが真っ白に染まった。 眩い閃光と、妙な浮遊感。自分の足が地面から離れているのが解る。 そして、右目に走った今まで味わったことが無い様な激しい痛みに 少女の意識はあっけなく途絶えた。 それからどのくらいの時が経ったのか、少女は追い求めた声を聞いた、気がした。 『――くを、お前に…託そう、そして―― …お前は、生きなさい―――』 憂いの瞳-1 ホド戦争から十五年、ND2018・レムデーカン・レム・23の日。 マルクト帝国、水上の帝都グランコクマ、の酒場。 太陽が少し、傾き始めた頃。 建物の中にいても都を囲む水の流れの音が聞こえてくる。 この美しい都ではどこにいても、何をしていても、水の音が付き纏う。 もはやそれはそこに住む人々にとっては自然な事であり、当たり前の事。 耳に障る所か、落ち着きを与えてくれる。 断続的なその水音に溶け込む様に、静かな足音が酒場の二階への階段に響いた。 階段を上りきり、奥のカウンターに歩み寄っていくのは ブロンドの髪をなびかせた、軍服姿の長身の男性。 青を基調に仕立てられたその軍服はマルクト帝国軍のものであり、 肩から背中に垂れている布が歩調に合わせて揺れている。 端整な顔立ちに眼鏡の奥の鮮やかな赤い瞳が映える、 この男性の名は、ジェイド・カーティス。 マルクト帝国軍第三師団師団長にして大佐の地位に就き、 帝国皇帝ピオニー九世陛下の「懐刀」と噂される人物である。 軍人らしからぬ秀麗な雰囲気を纏っており、常に浮かべている微笑が その気配を際立たせている。 カウンターに設置された丸い、革の張られたイスに腰掛けながらジェイドは こちらに気付かず両手に抱えたボトルを棚に並べるのに 必死になっている後ろ姿に声を掛けた。 よく通る、穏やかな声で。 「、今日はこちらでしたか」 「―!」 弾かれた様にその背が振り返る。 大人びた面持ちと暖かな橙色の瞳が一瞬の狼狽の色を含んだままジェイドを捉えた。 首の左側で団子にまとめられ、余った分だけ肩から胸元にかけて 垂らされている艶やかなダークブラウンの長い髪。 コバルトブルーのシャツとベージュのロングスカートの上から 身につけている白いエプロンが妙に似合っている出立ちのこの女性、 決して酒場のアルバイトが本職という訳ではない。 彼女の名を、・という。 現在の本職は、マルクト帝国軍第二師団師団長補佐。 少佐に昇進して久しい、軍では数少ない女性将校の一人である。 「大佐」 「いつものを」 「あ、ごめんなさい、すぐ用意しますね」 「いえ、急がなくても結構ですよ。…相変わらず忙しそうですねぇ」 ジェイドがやんわりと笑うと、つられても微笑んだ。 少々お待ちを、と言うとは奥の棚からボトルを取り、 栓を開けて氷をいれたグラスに液体を注ぎ始める。 「今日はもう屋敷に帰られるのですか?」 「そのつもりでしたが、午後から急に会議が入りまして。今は休憩中なんです」 「あぁ、漆黒の翼の…大佐が任務に就く事になったんですね」 「久々のタルタロス乗船ですから、緊張します」 と緊張などとはかけ離れた表情で言う。 それを一瞥し、が呆れたように笑った。 「大佐が緊張している所、是非一度見てみたいものです。 …て、今から会議の人が飲んじゃっていいんですか?」 「今でなければ、あなたの注いでくれる酒は飲めないのでw」 歯の浮くような台詞も、 実年齢から考えると有り得ない目の前の若々しい笑みには 不思議と不相応ではない。 「またそんな…、、バレても知りませんよ? ……はい、どうぞ」 グラスを静かにジェイドの前に置くと、洗い終えたグラスを拭き始めた。 「どうも」 グラスを手に取り口元に運ぶジェイドの様子を一瞥しながら、 何処か掴み所の無い人だ、とは思う。同じ軍属といえども、 所属している師団も異なっているので同じ任務に就く事はほとんど無い。 こうして酒場に飲み来た時に言葉を交わすのと 本部でたまに見かける程度のもので、 ジェイドの実力の程も実は口伝いに聞いているのみである。 軍人の間でネクロマンサーの異名を持ち、恐れられている訳を 常に微笑みを浮かべている紳士的な姿勢からはとても見出せそうにない。 「――――休みの日まで、ご苦労様です」 降って湧いたような慰労の言葉に 考え込んでいたは思わずグラスを落としかけた。 どうかしたのか、と微笑みながら首を傾げるジェイドに、 焦燥を悟られまいと笑顔を浮かべる。 どんなに取り繕っても見透かされている気がするのは、いつもの事だが。 「ぇ、えぇ。生活掛かってますから」 「私の屋敷にならいつでも来ていいんですよ?」 「ご冗談を。使い勝手の良い使用人になるつもりはありませーん」 「おや、バレてましたか」 「…」 最後のグラスを拭き終えた丁度その時、階段の下から店長と思しき男の声が響く。 「ちゃーん!港に仕入れの便が着いたみたいだから品物取りに行ってくれない?」 「あ、はい!今行きます!!」 返事を返しながら背中で結ばれたエプロンの紐を緩める。 何気なく視線を運ぶと、ジェイドと目が合った。 「いってらっしゃい」と、微笑み。 行ってきマス、と小さく返すとエプロンを棚に置き、カウンターの外に踏み出す。 階段に向かって歩き出したの背中に 思い出した様にジェイドが声を掛けた。 「、明日は出勤しますか?」 立ち止まったの、橙色の瞳が振り返る。 「…いえ、残念ですが明日から私、一週間の有給休暇もらってるのでw」 「ほう、一週間も…何処かへ旅行にでも行くのですか?」 「え…えと、まぁ、そんな所です」 「そんな所ですか」 「(…あ、何か疑われてる…)」 誤魔化すように苦笑いを浮かべた。 その時、タイミングが良いのか悪いのか再び店長の声が聞こえてくる。 「ちゃん?忙しいなら俺が行こうか??」 「あ、すぐ行きます!ごめんなさい大佐、ちょっと、行ってきます」 「いえいえ、お気になさらずに。呼び止めてしまってすみません」 が階下に消えて程なく、店の扉が開く音がした。この酒場は港まではそんなに遠くない位置に あるが何度も往復するとなると体力がいる。見た目よりずっと逞しいだからこそこなせると いう所もあるのだろう。 を見届けたジェイドは手中のグラスの底の、飲み残したウイスキーを見つめた。 ほとんど溶けていない氷がグラスの僅かな振動に反応し カラン、と小さく音を立てる。 視線を起こし時計を見ると、時計の針はまだ少しの猶予を示していた。 「(旅行…)」 生計を立てるのに必死になっている彼女にしては少し不釣合いな有給の取得理由か。と、 そこまで考えた所でグラスに残っていたウイスキーを飲み干した。 密に詮索をするのが癖になっているな、と独りでに苦笑する。 職業病というよりも、大本を辿るならジェイドは頭が良すぎるのだ。だから不自然な事が自然と目が付く。 しかし一方で自分に無関係な事柄に対する興味本位の詮索が意味を成さないということも知っている。 今の自分が集中すべき事は、漆黒の翼捕縛作戦と、ピオニー皇帝から極秘に任された、 捕縛作戦の後に控えているキムラスカとの平和条約締結の使者という重大な任務。 思考を切り替えて今後の動きを容量のある頭で整理していく。 こういう時(に加えて論文を書いている時と読書している時)の時計の針の進み方は反則的だ。 ため息にも似た長い息をひとつ吐き出すと右手で眼鏡の位置を直し、ジェイドは席を立った。 その時、慌しく酒場の階段を駆け上がり一人の兵士がジェイドの元に駆けつけた。 息を荒くしたまま声を潜めて告げる。 「カーティス大佐、緊急出動命令です」 「―――!分かりました、すぐ行きます」 漆黒の翼が予定より早く尻尾を見せた、といった所だろうか。 薄い微笑みを浮かべたまま、ジェイドは足先を本部へと向けた。 夜、軍専用の寮の一端、自室で簡単な荷造りを終えたは 机の上に置かれた一通の封筒を再び手に取った。 封筒の表には黒いインクの可愛らしい文字で住所と宛名が綴られている。 宛名は“・” しかし、取り出して広げた便箋の一番上の文字列には唐突に矛盾が待ち構えていた。 『・様』 懐かしい綴りだ。 すっと目を細めたはそのまま確認するように文面に目を滑らせる。 『久しぶり☆しばらく会ってないけど元気にしてますかー? 私はとーっても元気です☆ママも、パパも相変わらずです。イオン様も絶好調です☆ 今回は、どうしても聞いてほしい頼みがあって、手紙を書きました!! 可愛い妹分からのお願いを足蹴にしたりは、しないよねぇ?(笑) 今度、イオン様がプライベート旅行で(モースやら大詠師派が煩かったけど、 イオン様がどうしてもって言うから勝手に決めちゃった☆) マルクトのエンゲーブに行く事になったんだけどその護衛に私が就く事になりました☆ すごいでしょー?!導師守護役として板についてきたって感じwちょっとした用事もあるけど多分楽勝!! がこの手紙を読んでる頃には、もう私とイオン様は出発してます!! ただ、本音を言うといくらプライベート旅行といえど私一人だと…ちょっとだけ不安だったりして。 (ほんとにちょっとだけだよ!?もう、小指の爪先の十分の一くらい!!) それで、丁度マルクトだし、に…イオン様の護衛を手伝って欲しいなー…なんて☆ こっっそりトリトハイム詠師に相談したら、なら、って言ってくれたし! 優秀な譜術士で元導師守護役の・様に助力して頂けるのなら、 イオン様のプライベート旅行も安泰間違いなし!だと思うのです!! (ぶっちゃけとお喋りしたいのもあるんだけどねーw) の事だから、どうせ働き詰めで有給休暇溜まってるでしょ? ……お願いします。 イオン様の旅行が終わったらついでにダアトに寄って、 パパとママにも会って欲しいんだ。 ってば急にいなくなったから、 二人とも(おっと!三人だ!てへ☆)心配してるよ〜 24の日、エンゲーブで待ってます☆ アニス・タトリン』 「……モースか。まぁあの二人には口止めしてるし……」 モース、というと肉付きの良い輪郭、常に細められている瞳が脳裏に浮かぶ。 今では懐かしく思うが、あの頃から常に裏があるような気配があった。 預言に異常な執着心を持つ大詠師モースに対して どうしても不快感を拭い去ることが出来なかった訳を この身を以てはっきりと理解した頃には、もう、ダアトに身を置く事など出来なくなっていた。 『…あなたは………だれ………?』 もう何年も前の事。 薄暗い地下空間、ローレライ教団神託の盾(オラクル)本部の最下層。 ローソクの灯火のみで照らされるその空間で、奴らの陰謀は確かに渦巻いていた。 『今を以って、導師守護役全員を異動または解任処分とする! 代わりの導師守護役は私が編成しておく。 ―――それから、導師イオンのレプリカ代用計画について、 何か感づいている恐れのある導師守護役は処分しておくのを忘れるな。 特に、・。先日“完成品”と接触したのが確認されている。 ―――必ず、殺せ。あくまでも、内密に、な』 「…」 気付けば目を伏せ目がちにしていたが、我に返ったように顔を上げる。 過去を回想するのはやめだ。 思い出したからといって何かが変わる訳ではないのだから。 元より、アニスからの頼みなら断る訳にはいかない。少々確認したい事もある。 ふと溜息をつくと、は手紙をしまい込んだ。 翌日の正午前、スミレ色にオレンジ色のラインの入った私服に着替え、 動きやすい自前のサンダルを履いていたの自室に、扉を叩く音が響く。 「少佐!いらっしゃいますか!?」 「え…あ、います!」 慌てて扉を開けると鎧を身に着けた兵士が一人立っていた。 「あなたは…」 「私は第三師団所属のマルコであります! 少佐、ピオニー陛下がお呼びです。 至急、宮殿の謁見の間へお越しください。」 「は……?」 憂いの瞳-1 end |