時刻は夕暮れ時に差し掛かった頃。夕日に照らされる雄大な巨木をとアニスの二人はまるで巨人を仰ぐような眼で見上げた。



「やっと着いたわね」



結構な距離を一気に歩いてきた割には、二人の顔に疲労の色は見られない。
城砦都市、セントビナー。 エンゲーブと並び、世界の物流の主を担う街だ。食料がエンゲーブなら、セントビナーは薬草やグミの原料の主産地である。街の中心に聳える、樹齢二千年とも言われているソイルの木は、いわずと知れたこの街のシンボルである。



アニスが広場を横切りながら軽い足取りでを振りかえった。



「ここのマルクト軍の基地で待ち合わせしてるんだ〜、ちょっと行って事情を説明して、宿代無いから泊めてもらおう!☆」
「狙いはそこ?」



思わずの顔に苦笑いが浮かぶ。確かに、タルタロスに金品を全て置き去りにして来てしまい持ち物は得物と装備品とグミが幾つか、という危機的状況ではあるのだが。



「――ちょっと待って」



基地の門前で見張りの兵士に説明を終えたばかりアニスの背に、慌てて声を掛ける。門番の兵士の内一人が階段を上がり基地内へと消えていった所だった。



「?どしたの?」
「いや、だって…私、公式に認められた導師守護役じゃ無いから―」



身分の証明を求められた時に帝国軍兵士を名乗るのもこの状況では怪しまれるのではないだろうか。トリトハイム詠師の承諾があるとはいえ、無駄なトラブルは出来るだけ避けたいと思う。



「あ、そっか」



うーん、多分大丈夫だと思うんだけどなー、とアニスも首を傾げて黙り込んだ。その直後。



「導師守護役、アニス・タトリン殿はそなたか?」
「「!?」」



小柄で、しかし十分な威厳を兼ね備えた老人が、基地の扉の前に立っていた。



「マクガヴァン元帥!」
門番の兵士がすかさず敬礼をする。



「元じゃ、元。何度も言わせるな」
「は、はい!!」



体の面積ほどもある白髭を僅かに揺らしながら階段を降り、アニスの正面に立った。



「事情は聞いた。とりあえず中へ…――!」



門柱の影に重なって見えなかったの姿を目にした瞬間、皺に紛れていた老人の目がくっきりと見開かれる。



「―連れがおると聞いて誰かと思えば、、!!…お前さん、何故また―」



「元帥」



笑顔を浮かべたままのがぴしゃりと言うと、老人は冷や水を浴びせられた様に口を噤んだ。



「…まぁ良い。とりあえず、二人とも中へ入れ」










憂いの瞳-12










「何?どういう事?!ってあのおじいさんと知り合いなワケ?」



応接室の椅子から身を乗り出し、好奇心で目を輝かせながら 覗き込んでくるアニスに、は細い溜息をついた。



「まぁ…ちょっとね。マルクトに来た時に、少しお世話になったの」
「へぇ〜、ホントに少しぃ??あの驚き様は尋常じゃなかったと思うんだけどなー」
ていうか私、そもそも何でがマルクトに行っちゃったのかも知らないし。と、少女は内心でそう付け足す。



アニスの疑問の念は晴らされないまま、応接室の扉が開かれ当の老人と大柄な青年が室内に入ってきた。 青年の名は、グレン・マクガヴァン。帝国軍将軍にして、マクガヴァン元元帥の息子である。



「久しいな、少佐」
「え、えぇ」



表裏の無い爽やかな微笑みに、も小さく微笑み返す。グレン・マクガヴァンとはマルクト軍本部で 会った事があり、複数の師団で作戦を遂行する時は何回かは一緒に戦場にも赴いた事もあった。
挨拶も程々に、老人が二人の顔を見、穏やかに、しかし荘厳に言った。



「ピオニー陛下の勅命に関して、口外していけない規則となっている事は分かっておる。 だが何か要望があれば遠慮なく言ってくれ、ピオニー九世陛下とマルクト帝国の平和のためなら、  我々はどんな協力でもしよう」


「あ、ありがとうございますっ」
「有り難きお言葉、慎んでお受けさせて頂きます」



あと、と短く咳払いをした後、思い出した様に老人が付け加えた。



「そう固くならずとも良い。事情は既に承知しておる故、他の仲間達と合流できるまで  ここの基地の空いている部屋を自由に使ってくれて構わんぞ。」



一瞥した先では、アニスが天使の、いや悪魔にも似た微笑を浮べている。
「(よーーーっしゃぁああ!!)」
脳内で大いにガッツポーズをしている様子が容易に想像できた。





「何から何まで、かたじけないです」



気まずそうに再び頭を下げたの横をグレン・マクガヴァンが通り過ぎながら、


「気にする事は無い。彼女は、私が部屋まで案内しよう。」



そしてふと声を潜ませると、



「――父上が、話がしたいとの事。時間があるならここに残ってくれ」
アニスに聞こえないように耳打ちをした。その言伝には驚いた素振りは全く見せずに答える。

「わかりました」





「さて、ご案内しましょう」
「はぁ〜いw」



豪華絢爛な部屋を想像し、アニスは浮き足立ったまま応接室を後にする。 音を立てて扉が閉り、とマクガヴァンの二人だけとなった応接室内は、 数十秒間、無言の静寂に包まれた。やがて、老人が窓辺に歩み寄る足音がし、それに続けて――




「―まだ、教団に関わっておるのか。一度はその命、失いかけたというのに…」





決して責めるような口調ではなかったが、老人は憂うような目で外の夕闇を見つめながら、 髭の奥で唇を噛み締めていた。




憂いの瞳-12 end