一瞬目を見張ったが、老人の言葉には誤魔化す訳でもなく静かに微笑むと席を立ち窓際へ移動し始める。



「教団に戻った訳ではありません。戻るつもりもありません。―今回は、ダアトで世話になった友の頼みを引き受けただけなんですよ」
「…そうか。…調子はどうだ?」



気遣う様に老人が言った。窓ガラスに反射して映るの姿を、 双眸を見つめながら。



「…比較的良好かと。お気遣い忝ないです」



マクガヴァンの隣に並ぶと、同じく夕闇に浮かぶ街並みを眺め、穏やかに言う。それに反して、老人、マクガヴァンは厳しい表情を浮かべた。



「お前の言う友とやら、あの導師守護役か…あの娘―」



「元帥」



マクガヴァンが口を噤む。二回目だ。年齢はの方が明らかに若い筈なのに、何とも不自然な光景だった。は微笑みを消すと窓ガラスに手をやり、



「私は、あの子を信じていますから」


呟いた。





憂いの瞳-13




数年ぶりに再開した時、振り返り様に見せたあの笑顔は、本物だった。だから、待とう。あの子が、隠している何かを、自ら話せる余裕ができるまで。一言で意図を受け取ったマクガヴァンは溜息を漏らす。



「お前さんが気付いておるなら、それでいいんじゃ。年寄りの直感で余計な横槍を入れる所じゃったのう、すまん」


はっと慌てて苦笑いを浮べたが、声をあげた。


「いえ、ぁ、謝らないで下さい!いいんです、あなたには…あなたや参謀総長には、本当に昔からお世話になって…逆にこちらがお礼し足りないくらいなのに」



二年前、ダアトから宛ても無いままマルクトに逃げてきたを、幼少の頃分かれてそれっきりだったにも関わらずマクガヴァンは保護し、ぜーゼマンもの身柄を軍に入籍させた。その際つけられた新しいファミリーネームが、だ。
何故、ダアト追われる事になったのか問い詰めても断固として口を開かなかったを、しかし二人は責め立てなかった。


「何を言うか、お前さんの事はレイから任されておる。お前さんが気に負うことは無いぞ」

その名を聞いたが思わず双眸を細めたのをマクガヴァンは見逃さなかった。



「そろそろ、アニスが気に留める頃だと思いますので、失礼致します」
踵を返すと応接室の扉へと足先を向ける。



「…言ってはならぬ名であったか」



歩調に合わせて揺れていた髪飾りが立ち止まる事で跳ね上がった。マクガヴァンの言葉に、振り返らずにが答える。



「いえ。……しかし、久しぶりにその名を、聞きました」



本当にありがとう、と付け足し去った小柄な背中は何とも言えない哀愁を漂わせていた。










翌朝、アニスはそれなりに掃除の行き届いた綺麗な部屋で爆睡していた。思ったより豪華ではなかったが、それよりも疲労の方が勝っていたらしい。
と、



「アニス!起きて!!」
「……―んん、…おはよ、。何?まだ早いじゃん…」



覗き込んでいたを夢見心地のまま見上げる。対照的には鋭い言動でアニスを叩き起こした。



「まだ早い、じゃないでしょ!窓の外、見てみて」
「え?」



ベッドから降り、夜が開けて日が差し込む窓辺に歩み寄ると、その先に眼下に広場。そして―



「オラクル騎士団!?」



アニスは思わず窓辺から一歩退いた。町の入り口付近に、何人か少数人数ではあるが兵士の姿がある。兵士達の纏う鎧は、見間違えるはずも無い、ローレライ教団のものだ。



「私達追われてるのよ。どうやら、思った以上に向こうの動きは早い様ね」
「うっそ…!こんなの…え、ちょっ、どぉするのぉ!?」
急いで身支度を整えながら、それでも落ち着いた様子では下ろしていた髪を結い上げ始める。



「どうするって、すぐにでもここを発たなきゃ…また六神将と戦うことになるのは避けたいでしょ?」
「じゃぁ、合流はポイントβに変更だね」



が感心し相槌を打った。
「他にも合流地点があるのね」
「もち!カイツール国境だよ、大佐に手紙書こうっと☆」



長い髪を団子にまとめ、髪飾りを付け終えたと支度を終えたアニスは一晩世話になった各々のベッドから早々に立ち上がった。



「手紙はこの基地に預けておけば丁度いいわね」
「うんうん!」










階下では、町への予期せぬ訪問者ににわかに基地内が騒然としていた。
「そうか、ローレライ教団が…」
事情を聞いたマクガヴァンが苦々しく呟くと、は外を見やりながら応えた。



「はい。これから兵士の数が更に増えるでしょう、その前にここを発ちます。ついては、この手紙を…」



に促されて、アニスがマクガヴァンに一通の手紙を手渡した。



「これを、後から来るジェイド・カーティス大佐に渡して下さい☆お願いします!」
「分かった。必ず渡そう。…?」



受け取り様、の腰に下げられたカトラスに目がやったマクガヴァンが不思議そうに首を傾げた。



「そういえば、お前さん、腰の得物はどうしたんじゃ?」
「え?」
「その鈍らは本当の得物ではなかろう?」
「あぁ、タルタロスに…」
言いかけて、ふとが言葉を詰まらせる。一呼吸置いて後、小さく笑んだ。



「いえ、一悶着あって人に預けてあります」
「ほぅ、アレを他人に預けるとは、お前さんにしては珍しいな」
「そうですか?まぁ…―」



ドンドンッ



が何か言いかけたその時、階下の基地の扉を荒々しく叩く音が響く。



「「「!?」」」



「教団兵の様です、二人共、裏口から早く出発してください!」



グレン・マクガヴァンが声を上げながら回廊に駆け込んでくるのを見、



「―来たわね」
「行こ!」



とアニスは荷物を携えて早足で歩き出した。



「気を付けるんじゃぞ!」
「えぇ、有難うございます…!」










町の門付近の草陰に身を隠しながら、二人は様子を探っていた。数人の兵士の誰からも死角になるタイミングを待っているのだ。



「…あ、今、いなくなった!」
「今よ!」



がさっ、と茂みから身を躍らせると一気に門を駆け抜ける。道に出、一度だけ町を振り返ると二人は速度を緩めることなく街道を南に下り始めた。どうやら、一般の兵士達には感付かれることは免れたようだ。



「やっりぃ〜楽勝だね♪」
「…そうね」





一般の兵士達、には。





「アリエッタ、至急閣下に連絡してくれ。"第七の瞳"がフーブラス川方面に向かった、と」



高い樹木の枝の上から、街道を下っていった菫色の背中を見下ろしたまま上空のグリフィンの上にいるアリエッタに向かってリグレットが言った。



「導師守護役の事はいいの?」
「必要無い。閣下が今必要としているのは、"第七の瞳"の居場所の情報のみだ」



心なしか、普段より声が低い。その事に気付いたのか、アリエッタは一瞬怯えた様な素振りを見せると、



「…わかった…です」



短く答え、その場を去った。行く先は、決まっている。





憂いの瞳-13 end