「な・・・っ何なのぉ!?!?」



丁度フーブラス川を渡りきった所で、とアニスは思わぬ先客―否、待ち伏せに遭っていた。
突如現れ、前後囲んだのは大勢の神託の盾騎士団の兵士達。



「アニス、お願いだから先走っての攻撃はやめてね」
「え、ぁ、う・・・うん」



狼狽しながらもトクナガを巨大化させ、完璧に臨戦態勢に入っていたアニスをが落ち着き払ったまま苦笑いで宥める。



解かっている。この兵士達が何故私達を、
私を取り囲んでいるのか。



無言で辺りの様子を目線だけで探っていると、やがて兵士達の間から大柄な人影がこちらに向かって進んでくるのが見えた。固く結い上げられた濃い栗色の髪に、深みのあるオーシャンブルーの瞳。灰色の教団の制服は、神託の盾騎士団の主席総長の階級を表したもの。その姿、顔立ちが鮮明になるとは一瞬唇を引き結んだ後、呟いた。





「…ヴァンデスデルカ」





無表情のとは対照的に、神託の盾騎士団主席総長、ヴァン・グランツの顔には威圧するように堂々とした笑みが浮かんでいる。兵士達の壁を抜け切り、橙色の双眸と正面から視線をつき合わせると男はいつもと変わらぬ低い声で呼んだ。



「久しぶりだな、―



その名を。










憂いの瞳-15










「この2年、随分探させてくれたものだ」



まるで旧友にでも会ったような顔をして、ヴァンが言った。それが気に入らなかったのか、彼が纏う貫禄になど一切萎縮する事なくは一瞬眉を潜め、見えない溜息をつくと男の元へと歩み寄る。



!?」



後ろから追い縋る様に聞こえたアニスの声。アニスは追いかけたくても、兵士達の気配に憚られていた。周りにいる教団の兵士の半数、しかも円形に取り囲んでいる内、アニスに近い側の半円の兵士達が剣を抜き無言を保ったまま傍観している。そんな中で自分が自由に動き回る事が適当で無いことくらい、考えなくても解かった。



「そこにいて…すぐ、済むから」



すこし先まで行って振り返ったの顔に浮かんでいた薄い笑みに、


「…―う、うん」


アニスはただ了承の返事を返すしかなかった。


しばらく会わない間に、随分遠くなってしまったと少女は複雑な思いになる。
本当は、もっと前からそう感じていたのだが。

少女は気付かれぬよう、唇を噛み締めた。








「探させた?自分達の不始末でしょうに」



ヴァンとの距離があと一歩程度にまで近付いた所ではその面差しに、嘲笑を滲ませて声を落として呟く。近付いてみると更に大柄さが際立つその男は一瞬目を逸らせた後、「あぁ、あの事か」と相槌を打った。



「"あれ"は私が指示したのではない。分かっているだろう?お前が導師の事に気付いていようがいまいが関係なく、私は今でもお前に―」



アニスを背後に留めた理由は、ここにもあった。不可抗力の威圧ももちろんあるが、彼女はイオンに隠された秘密を、知らされていないのだ。本人からならいざ知らず、この様な状況で気付かせるのは本意ではない。導師守護役なら、導師イオンの口から真実を聞いてこそ意味がある。
それがいつなるのかは分からない。しかしそれでも、心の奥底ではそれが一番だとは思っている。そしてその瞬間は恐らく、そう遠くはない未来に必ずやって来る筈だ。





「一体何を企んでいるの?まさか本当に…」



―なら、あのルークという青年は…



嫌な予感がする。何かとてつもない事が、計り知れない何かが起ころうとしている…?



「お前が私の元に来ると言うなら、全て教えてやろう」


「まさか!冗談じゃないわ。あんな物騒な集団、―っ!?」



思わず失笑したの手首を突然、ヴァンが掴んだ。瞠目したをぐい、と自分の傍に引き寄せると、



「私も分からんな。何故、お前がそちら側につくのだ。
―出来損ない共の側に」



お前は本来なら、こちら側にいるべき人間なのに。
そんな叱責の言葉を、は笑みを消し跳ねつける。



「何故…?そんなもの…―いえ、分からなくて結構。元よりあなたには理解出来ない話よ。
それより、離して頂戴。痛い」



苛立ちを募らせたが掴まれた手首を振り解こうと力を込めるが如何せんこの体躯の差だ。そうそう上手くいきそうにも無い。



「…そうか」
「…―っ」



の言葉に対しふと不敵な笑みを浮かべたヴァンは更に彼女を傍に引き寄せ、空いている手での顎を持ち上げると自分を睥睨する橙の双眸を真っ直ぐ見下ろし、言った。



澄んだ双眸。暖かさと冷淡さの両方の面を併せ持つ瞳。昔から何を見るにも真っ直ぐだったその眼は、今も変わっていない。



「相変わらずいい眼をしている。





―父親に似て」





「!!!!」



突如吹き抜ける一陣の風。一瞬、背後に立ち尽くしていたアニスには何が起こったか分からなかった。鈍い金属音と、いつの間にか抜刀しヴァンと刀を交えているの背中。一つだけ確かな事は、その背が明らかに激昂しているという事だ。



「(え…な、何が起こったの…!?)」



周りを囲む剣を収めていた残りの兵士達までもが次々に剣を抜き、ついに戦いの火蓋が切って落とされたかに見えた。だが、



「待て」



その兵士達を止めたのは他ならぬ、ヴァン。の一閃を受け止めながらとは思えない静かな調子で、男は目の前の燃えるように輝く双眸に語りかける。



、まさかそのカトラス一本で私の相手が務まると思ってはいないだろうな?」

「…」



手元に本来の得物がない事が知られている。
不利なのは解り切っていた。生唾をごくりと飲み込んだ後はヴァンの剣を弾き、後退する。彼は剣を鞘に収めたままだった。さっと一歩退いたが剣を収めたのを確認すると、お前は引き際をわきまえるのが昔から上手かった、とヴァンは穏やかに笑った。



「私は今の所お前と戦うつもりはない、計画を手伝って欲しいだけなのだ」



と、その時、一人の兵士が人垣の中からヴァンの元に駆けつけ、何かを耳打ちする。



―セントビナー、並びにエンゲーブの兵士と六神将は撤退した模様―



「―そうか、まぁ良い。いずれはカイツールで会う事になるのだからな、我々も撤退するとしよう…――



人垣が崩れ始める中、背を向けていたヴァンがを振り返った。は未だに不愉快そうな顔をしていたが、それでもヴァンからは一度も目を逸らそうとはしなかった。



「今回は久々の再会に免じて引き下がってやろう。だが、今度誘う時は…良い返事を期待している」



そうでなければ、お前を始末せざるを得ない。
向き直り、今度こそ兵士達と共に歩き始めたヴァンの背に向かって、



「……何度聞いても、同じよ」



は感情を込めずに、そう言い放った。










、大丈夫!?」



神託の盾の兵士達は去った。会話は聞き取れなかったがやり取りの様子を見て色々な意味で心配していたアニスの声が静けさを取り戻した川岸に木霊する。



「えぇ、まぁ、大丈夫よ」



苦笑いを浮べるの気配の中に、あの一瞬の激昂したそれは今は一片も見受けられない。多分答えてはくれないだろうと思いながらアニスはとりあえず、疑問を口に出してみることにした。



「総長、何て?」
「あぁ…私に、部下になって欲しいんだって」



そう言って、は歩き出す。



「え!?」



その内容より、まずちゃんとした答えが返ってきた事に対して驚いた。歩き出したに急いで追いつきながらアニスが更に言った。背中のトクナガが吹っ飛びそうなほど振り回されている。



「そ、それでっ!?何て言ったの!?」



「いや、そんなのもちろん丁重にお断りしたんだけど…余計な事ばっかり言うもんだから、ついちょっと…熱くなっちゃって―」



あのキレっぷりはついちょっと、なんてものではなかった様な気がしたが。 しかしアニスはその事に関して、何故か聞く気にはなれなかった。 聞く必要が無いからといえばそうだが、それ以上に聞いてはいけない事の様な気がした。



「また、誘う気なのかな…?」
「もう来ないで欲しいわ」



の口から散々だ、と大きな溜息が漏れた。川を渡り終え、遠くに微かに見えるカイツール国境の門の影に向かって二人は歩み続ける。いい加減、そろそろ皆と合流しなければ。




憂いの瞳15 end