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「、大丈夫!?」 神託の盾の兵士達は去った。会話は聞き取れなかったがやり取りの様子を見て色 々な意味で心配していたアニスの声が静けさを取り戻した川岸に木霊する。 「えぇ、まぁ、大丈夫よ」 苦笑いを浮べるの気配の中に、あの一瞬の激昂したそれは今は一片も見受け られない。多分答えてはくれないだろうと思いながらアニスはとりあえず、疑問 を口に出してみることにした。 「総長、何て?」 「あぁ…私に、部下になって欲しいんだって」 そう言って、は歩き出す。 「え!?」 その内容より、まずちゃんとした答えが返ってきた事に対して驚いた。歩き出し たに急いで追いつきながらアニスが更に言った。背中のトクナガが吹っ飛び そうなほど振り回されている。 「そ、それでっ!?何て言ったの!?」 「いや、そんなのもちろん丁重にお断りしたんだけど…余計な事ばっかり言うも んだから、ついちょっと…熱くなっちゃって―」 あのキレっぷりはついちょっと、なんてものではなかった様な気がしたが。アニ スはその事に関して、何故か聞く気にはなれなかった。聞く必要が無いからか、 それとも聞いてはならない事だからなのか。 「また、誘う気なのかな…?」 「もう来ないで欲しいわ」 の口から散々だ、と大きな溜息が漏れた。川を渡り終え、遠くに微かに見え るカイツール国境の門の影に向かって二人は歩み続ける。いい加減、そろそろ皆 と合流しなければ。 憂いの瞳-16 「……目が滑る……」 ついにアニスからの手紙を受け取った(中身が半分ルーク宛のラブレターになって いた事はも知らなかった)ルークはそのラブコールの勢いに思わずたじろいだ 。 「おいおいルークさんよ。モテモテじゃねぇか。でも程々にしよけよ。おまえに はナタリア姫っていう婚約者がいるんだからな」 ガイに小突きながら冷やかされ、ルークは簡単に熱くなった。 「冗談じゃねーや。あんなウザイ女…」 一方で全く他人事の様に振舞うティアが、イオンを振り返る。 「……第二地点というのは?」 「カイツールのことです」 イオンは一瞬、苦笑いを隠せずにはにかんだ。ガイも会話に加わり、ヴァンの名 が出た時にはその苦笑いは簡単に消えうせてしまったが。 「(二人は…)」 自分にもっと体力があったなら、この町で泊まらずともカイツールに迎えたかも しれない。しかし、現実はそれを許さない。もはや今、立っているだけで精一杯 の自分がいる。 自分が皆の足を引っ張っている。 「(僕がもっと…)」 と、 「イオン様」 「!ジェイド…」 顔に出てしまっていたか、とイオンは静かな視線を送ってくるジェイドから思わ ず目を逸らした。何を言われるかと内心肝を冷やしたが、次の瞬間それは無用の ものであった事が解かった。 「二人は、カイツールで追っ手をかわしながら少し長い間私達を待つよりも、あ なたが無理を強いて急ぐ方が余程辛いと思う筈です。違いますか」 「!…すみません。そう、ですよね」 気付かされ、謝罪の言葉を述べたイオンの中でふと、何かに対する違和感が湧い た。決して悪い意味での違和感ではないのだが。それが何なのかは残念ながら答 えが出ることは無かった。 今はそれよりも上回る思いが、恐れがある。 「こんな事を考えていては、僕はまた、彼女達に叱られてしまいますね」 ヴァンが直接とアニスの元へ行った事は先ほどの六神将の会話で分かった。 恐らくヴァンの今回の行動の目的は、だ。を教団の秘密を知る者として 、また特異な力を持つものとして仲間に引き入れようとするだろう。それを彼女 が拒絶したとき、最悪の場合― 過去の再来。 それを考えるだけでも、どんどん気が重くなる様な気がした。今のが簡単に 敵襲に屈するとも思えないが、それ以上にヴァンには底知れない何かがある。何 れにしても推察の域を出ないのだが。 少し休もう、とゆっくりと漏らしたとき再びジェイドの声がした。 「案ずることはありません。あの二人の事は、実力も含めて貴方が一番よく知っ ているはずです」 その時なんて言うべきだったのか。疲れきっていたイオンは意識せず心の底から 思っている事を口走った。 「そんな…僕なんて本当は、いくらの時も…―」 「!…」 深紅の瞳が一瞬見開かれた。イオンがしまった、と戦慄しているのが面白いほど 明らかだったが、しかしジェイドはそれ以上の事を口にはせず、まるで何も聞か なかった様に眼鏡の位置を直すと老マクガヴァンの方に向き直った。ルーク達の 会話も一段落ついた様だったので、丁度良いタイミングだ。 「では、私たちはこれで失礼します。手紙の件は、ありがとうございました」 「神託の盾に追われてるなら、先に来た二人にも言うたが、わしが力を貸すぞ。 わしはここの代表市民に選出されたんじゃ。いつでも頼ってくれ」 「ありがとうございます。元帥」 宿だー、と浮き足立って踵を返したルークを先頭に皆が応接室を後にする中、 「……!ジェイド、お前さん、その刀は…!!」 最後に部屋を後にしようとしたジェイドに老マクガヴァンはその容姿と威厳に似 つかわしくない声をあげた。 「?預かりものです、これが何か?」 ジェイドが腰に携えていたのは見た目の割にずっしりと重い、そう、の短刀 だ。ぐっと言葉を詰まらせたが、やがて老マクガヴァンはほう、と溜息をついた 。どこか、安心したような溜息だった。 「そうか…が預けたと言っていた相手はお前さんじゃったか…、あの子がそ れを人の手に預ける事など今までになかった事じゃから少し心配しておったのだ が―どうやら"また"いらぬ心配だった様じゃ」 「…?……」 その様子を見て、今度はジェイドが黙り込む。老マクガヴァンがまるで自分の娘 を気遣っているような、そんな錯覚を視た気がしたから、というのもある。 だがそれ以上に。 「…元帥」 「元元帥、じゃ。どうしたんじゃ?」 「確か二年前、をマルクト軍に入隊させたのはあなたと、ゼーゼマン参謀総 長でしたね」 「…そうじゃ。それが一体―」 短刀を一瞥し、ジェイドは眼鏡の奥の瞳を細めた。 「なら、が何故マルクトに来たのか、というよりも何故ダアトを去ったのか 知っているのではありませんか?」 「…!」 ジェイドは少し声を落として続ける。 「教団の神託の盾騎士団の主席総長、ヴァン・グランツ以下六神将が皆彼女に一 目置き、今回に関してはヴァンは接触を試みている様です。彼女には、それだけ の何かが隠されているのではないかと私は推測しているのですが。…"第七の瞳" の能力以外に、ですよ」 数十秒、互いが一言も口をきかぬ静寂がその場に満ちた。 程なく、 「…お前さんが人の事で多弁になるのを、久々に見たな」 「そうですか」 「が、自身でその刀を預けても良いと判断した相手ならば、語る事も 許してくれるだろう。お前さんの実力もお墨付きじゃからの」 「成程。それについて知り過ぎた場合、命を狙われてもおかしくない類のお話、ということですね」 老マクガヴァンは一方で、本当に珍しがっていた。 「(あのジェイド坊やが―)」 これからの動向に影響を及ぼす素因となり得るからなのか、単なる興味に過ぎな いとしても他人の事を自ら人に聞くのは極めて珍しい事だ。 「…全ては語れぬ。わしも本当に知らぬ部分もあるからな。じゃが、あの日の事 で見聞きした事は、すべて話そう―」 「あの日の事?」 「そう、あの子が十二年ぶりにダアトからこの国へ戻って来た日の事じゃ。重傷 を負って」 その日は、風が強かった。 憂いの瞳-16 end |