ND2016。ホド戦争が終結してから凡そ14年が経った頃。



「今夜はやけに風が強いな」
「そうですね、父上」



基地から帰って来たばかりの息子は鎧を解き、自室へと去って行く。窓から見える外の景色、激しく横になびいている木々を眺めながら老マクガヴァンは妙な胸騒ぎを覚えていた。



「…?」



思わず眉を寄せ、立ち上がる。一瞬だが、夜も更けた闇夜の街に人影が見えた気がしたのだ。



「……」



しかし人影に見えたそれはただの小柄な樹木に過ぎなかった。強い風に煽られて今にも折れそうになりながらも、必死で地面に根を食い込ませている。気のせいか、と小さく溜め息をつき、窓に背を向けた。
その瞬間だった。



ドンッ



「!?」



玄関の方からだ。扉を叩くというより、扉に何かがぶつかる音に近い。



「父上、今のは…!?」



二階から息子が降りてくるのを尻目に、老人はほぼ全力で扉に向かって駆け出した。
嫌な予感がする。戦場で幾度となく自らを救った勘などこの年ではすっかり萎えてしまったかと納得する反面、諦めていた。



ばん、と玄関の扉を開け放った先に。



「―!!―まさか…!!」



横たわる、人影。玄関の光に照らされたのは紅。





憂いの瞳 17





肩口から溢れる赤い液体が玄関の白いタイル張りの床を染めていく。四肢は血に塗れ、解けた長い髪が地面に広がっている。
顔は見えなくともそれが誰なのか、老人には直ぐに分かった。



「まさか…!?か…!??」



13年前、老マクガヴァンが皇帝陛下より預かり、ダアトの両親の知り合いの元へと引き取られるまで保護していた少女。マルクト帝国軍に籍を置いていた数少ない第七音譜術士で、医務官も務めていた"故"レイエルド・の一人娘だ。



、しっかりせんか!!おい、急いで医者の手配を!!」
「は、はい父上!!!」



駆け出した息子を尻目に、刺激を与えないようにゆっくりを横たわる体を抱き起こすと、声を張り上げて呼びかける。触れた身体は出血のためか冷え切っている。
やがて、閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がり僅かに光を宿した双眸が虚ろにも老マクガヴァンを捉えた。微かに漏れる声。



「…――は…、い…を―うっ…」




、喋るでない!もう直ぐ医者が来る!死なせはせんぞ!!」



傷の疼きに呻き声をあげながら、は痩せた掌で老マクガヴァンの胸元を掴むと、声を搾り出した。




「き……教団……は……」



橙の瞳が、悲愴に揺れている。





―命の、禁忌を―










「……―っ」



ぱたり、と胸元を掴んでいた手が、落ちた。



「…!!!」



そこへ、町の奥から慌しい足音が駆けつける。



「父上、医者を呼んできました!!」
「マクガヴァン殿…!……――これは大変だ!!急いで中へ!!」



再び閉じられた瞼は幸いにも深い眠りに着いただけに留まり、医者の見立てでは数週間の絶対安静後、傷跡は残るものの完治するとの事。
一体、ダアトで何があったのか。十数針も縫わざる得なかった傷は、明らかに奇襲攻撃を受けたものだった。
しかし、数日後、意識を取り戻したはそれらの事に関して一切話そうとはしなかった。傷だらけの状態で呻いたあの一言を覗いて、は沈黙し続けた。



その理由を、経験上老マクガヴァンは言われずとも察していた。



「…知れば、身の危険が訪れます。私の様に」



起き上がれる程に回復したは、静かに言った。憔悴し疲れきった目で平和と呼べる賑わいに包まれた街を見下ろしながら。



「そうか…それがお前さんの答えならば、それに従って何も聞くまい」
「すみません」
「謝る事は無い。だがその代わり、わしにも聞いて欲しい提案がある。聞いてくれるかの」
「?…はい」



窓から目を離し、マクガヴァンと視線を合わせたが首を傾げた。



「お前さん、これからの身の振り方はどうするのか、見通しはついておるのか?」
「!…いえ…ダアトにはもう…」
戻れない。



が俯いたのを見、マクガヴァンは決心した様に言った。



「わしの提案じゃが、、お前さん、マルクト軍に入隊してはどうじゃ」


「え…!?」


「何の事かは皆目検討つかないが、命を狙われる程の事を知ってしまったのじゃろう?ここでどこぞに身を隠すより、いっその事新たにマルクトに籍を置いた方がいい」
「で、でも…」 「そうすれば例え向こうに生き延びている事や居場所が知られたとしても、こちらを意識してそう簡単には手を出せまい。
マルクトに、軍に籍をおく者を殺しては国際問題に取り上げられかねないからの」
「…」



老マクガヴァンの話には、確かに一理ある。教団があの事を隠しておきたいと強く考えていればいる程、効果的だ。



「…どうじゃ、。軍に所属すれば、お前さんも更に腕を磨けると思うのじゃが」
「……」



ぎゅっと膝の上の布団を握り締めると、ほう、と溜息が漏れた。



「…お世話に…なります…」










元導師守護役への所定の処理は完了。情報の漏洩は免れた。



ローレライ教団の上層部に、そんな話が流れたのはそのすぐ後の事。










憂いの瞳-17 end