「アッシュ!!?」



翻る深紅の髪に黒い団服。構えられた刃を紙一重で避けたルークは体勢を崩し仰向けに倒れこんだ。イオンの隣へすぐさま駆け寄ったアニスは構え、そしてティアも同じくナイフを構えていた。
地に着地したアッシュはかわされた事に舌打ちをし、剣を構えなおすと倒れているルークに向かって駆け出そうとした。だが、その時さらなる刃がアッシュの前に滑り込む。


「!!」


キィン、と鋭い金属音。ぶつかり合った剣。アッシュの前に立ちはだかったのはガイでもジェイドでも、でもなかった。



「……退け、アッシュ!」



栗色の結い上げられた髪。大きな体躯。そして団服。



「ヴァン師匠!!?」
「ヴァン謡将!」
「(ヴァン…!)」



「…ヴァン、どけ!」



飛び交う怒号と、驚愕する声。



「どういうつもりだ。私はおまえに、こんな命令をくだした覚えはない。退け!!」
「…」



黙り込んだアッシュが体勢を整え、剣を収めた。それを確認し、ヴァンも剣を収める。背後に並び立つ一行を一瞥し、そしてアッシュは無言で姿を消した。



「師匠!」



起き上がったルークが、煌いた眼でヴァンを見上げる。



「ルーク。今の避け方は不様だったな」
「ちぇっ。会っていきなりそれかよ…」



ヴァンの表情は、至極穏やかなものに見えた。



「…ヴァン!」
「ティア、武器を収めなさい。おまえは誤解をしているのだ」



ナイフを構えているティアに対してもゆったりとした口調で語りかけた。



「誤解…?」



実兄の言葉を聞き入れかねているティアはナイフを降ろそうとはしない。



「頭を冷やせ。私の話を落ち着いて聞く気になったら、宿まで来るがいい」



困惑する一同に背を向け、ヴァンは宿の方へと歩きだした。ルークが追い縋るように言う。



「ヴァン師匠!助けてくれて…ありがとう」
「苦労したようだな、ルーク。しかし、よく頑張った。さすがは我が弟子だ」



は突然すぎる彼の登場に動揺していた。



「(しばらく顔を合わせずに済むと思ったのに)」
本音だ。



視線を合わせた彼は、何も言わなかった。どうやら部下に誘う件はこの場には内密にするつもりらしい。にも詳らかにする理由など無かった。ただ、その時変容した笑み。師匠と慕うルークに向けられていた笑みとは違う、そう、猶予をまだ残してやっているとでも言いたげな笑み。



「(冗談じゃないわ)」



ヴァンが何を企んでいるのか、何をしようとしているのか、宿で話し合う事ではっきりするとは到底思えなかった。





憂いの瞳 19








すっかり夜も更けた夕刻。ヴァンとの話し合いを終えた一行は旅券も入手する事ができ、宿に一泊する事になった。ヴァン本人はというと、泊まらずにカイツールの港にて船の手配をしておくとの事。一足先に国境を越え、カイツール軍港へと向かった。



「…結局何も分からずじまい…か…」



宵闇の中、外の空気を吸っていたが背伸びをし、宿に戻ろうとした時。



ザッ…



気配がした。



「―誰」



「おいおい、俺だって」



向かいの兵宿舎の方から歩み寄ってきた長身の影、宿屋の窓から漏れる室内灯に照らされたのは金髪の青年の面差しだった。



「…ガイ!何故兵宿舎の方から…?」



すっと緊迫した空気が消え、和やかな雰囲気が漂う。



「あぁ、これからの事もあるかと思って兵宿舎の役人から食料とか、分けてもらってたんだ」
「!あぁ…流石使用人やってるだけに気が利くわね」


そんな事ないさ、とガイは宿屋の階段に腰掛けた。


「気が利くのは君の方だろう。昼間は、よく合わせてくれたよ、ありがとう」
「そんなこと…寧ろ私の思慮が足りなくて迷惑かけちゃったわ。ごめんなさい。
でも事情は聞かせてほしいかも。ガイ・"セシル"さん?」
「はは、の頼みなら仕方ないな…」



同じ過去を持つ者同士の二人が顔を合わしたのは実に十六年振りの事。話題は決して華やかな内容ではないものが多かったが、懐かしさ故か二人の会話は弾んだ。



「そう…いう事だったの。ホド戦争から後は、ヴァンと共にキムラスカに…復讐…か…。本当に、するつもり?」
「する…つもり、だった。だが最近思うことも少しあってな…色々考えるんだ。あいつをみていると俺は…。
それに、最近のヴァンの行動も俺にはさっぱり得体が知れないからな。」
「そうね」



問いてはみたものの、しかし留めようというつもりなどは全くなかった。同じ境遇に立たされた者同士、その気持ちは痛いほど解かる。だが、今はそれよりも優先すべきことがある。その事を考えない程ガイが愚かではないとも解かっているから、ただ、今は受け止めるのみだ。


そしてヴァンと行動を共にしていたのなら何か知っているかも知れない、とこれまでの経緯を聞いて一瞬期待を抱いたが返答からしてやはりそう簡単には物事は運ばないらしい。



「やはりヴァンは何か企んでるのは間違いないようね」
「ああ」



ガイと人一人分の間を空け、同じく階段に腰掛けていたは膝頭に肘をつき、不服そうに溜息を着く。



「君は、今はマルクト軍に所属してるんだって?ジェイドに聞いたよ」
「えぇ、少尉よ。これでも一応、頑張ってる」
「そうか…君の父さんも、確か軍に所属してたな。医師だったか」
「医師と兵士、両方やってた。」



生きていれば、まだ、現役だったかも知れない。否、愚問だ。あの惨劇で生き残ることなど…。



―自分さえいなければ、或いは…



「マルクト軍にはいつから?」
「二年前から」
「ん?待て、二年って随分最近じゃないか。じゃぁ、それまでは?」
「神託の盾。父がアニスの両親と仲が良かったのよ。とても世話になったわ…だからアニスと知り合いなの」
「へぇ…波乱万丈だな」
「そ。色々あったのよ。神託の盾も実際得体が知れない連中だったわ…あ、イオン様は尊敬しているけど!」
「分かってるさ。お互い、お疲れ様ってやつだな」
「そうね、これからは少しの間は、ヨロシク、だけどね」
「ああ、そうだな、はははっ」



何故神託の盾からマルクトに移ったのかを聞かれなかったのは幸いだった。気を遣って聞かずにいてくれたのかも知れない。神託の盾の裏の顔については恐らくまだ話す時期ではないだろう。下手に話すとガイにまで身の危険が及ぶ可能性がある。
機を読む事は力を振るうことよりも遥かに大切だ、と何処かの本で読んだ事があった。









「…この旅券は!国王陛下より、すぐお通しするよう勅命を受けております!どうぞ」



翌朝、一行は容易く国境を越えた。巨大な石の壁、門を潜り抜けた先には同じような広大な平野が広がっている。しかしこの足元の地はもう、マルクト帝国のものではなく、キムラスカ王国のものだ。



「ようやくキムラスカに帰ってきたんだな…」
「駄目駄目。家に帰るまでが『遠足』なんだぜ」
「こんなヤバい遠足、もうカンベンって感じだけどな」



自分の家を離れる事など初めてだったルークは、少し名残惜しい気もしていた。しかしこうして自分の国に帰ってきたと思うと、自然と頬が緩むもので。



「キムラスカへ来たのは久々ですねぇ、あなたもそうじゃないですか?
「!?え、えぇ…まぁ、でも、大佐はもっと世界中飛び回ってるのかと…」
「いや〜、意外と事務仕事にも追われていたりも、するんです」
「はあ。そう………大佐」
「何です?」



軽やかな足取りで歩き出したルークの隣に、それを嗜めるガイ、その後ろにはイオンを挟んでティアとアニス。
そしてその一行を見守る様に最後尾でゆっくりと歩き出したの隣にはいつの間にかジェイドが歩みを共にしていた。



「…もしかして、観光…?」
「いえいえ、そんな筈、無いじゃないですかw」
「…」



そういえば、タルタロス甲板上での会話が途切れたっきりまともに話をしていなかった様な。





『続きはまた後にしましょう』






「あ」
「?」
「いえ、何でもないの」



すっかり忘れていてくれたら、とても助かるのだが。



「ここから南にカイツールの軍港があるんですよね。行きましょう、ルーク様ぁ☆」
「おう!ヴァン先生が待ってる!早く行こうぜ〜!」
「もう、遠足じゃないのよ!」



こってり絞られるのではないかと抑鬱状態になりかけているとは正反対にハイテンションの一行。 しかし、そんなの不安も数時間後、全く予想だにしない展開で払拭されることになる。







憂いの瞳-19 end