憂いの瞳-4






マルクト帝国領土、ルグニカ平野の中央部にある村、エンゲーブ。農作が盛んなこの村で作られた作物はマルクトだけでなく世界中に輸出されているという。
その農村のすぐ傍に、今日は辻馬車ではなく巨大な装甲艦が滞在している。村の中は、今朝から兵士の出入りが激しくいつも以上に騒がしくなっていた。



「もぉ〜イオン様ったら一人で何処行っちゃったんだろ…」



小柄で濃いピンクをモチーフにしたローレライ教団の制服を身に着けている、癖のある黒髪を二つ括りにした褐色の瞳の少女が広場でしゃがみ込み、溜息を連発していた。



「端から端まで探しましたが…どうやら村の中にはいない様ですね」



村の代表、ローズ夫人の屋敷から広場に出てきたジェイドが少女の所に歩み寄ってきた。



「はぁあ〜どーしよぉ…」



村の中にいないと聞いて更に少女の嘆きのオーラが増す。ジェイドが「困りましたねぇ…」と相槌を打ちつつもとても困っている風には見えない顔なのはいつもの事だ。



「大佐ぁ〜どこか心当たりありませんかぁ??」と見上げる少女。
「さぁ…心当たりが無い事もありませんが――――」


推測の域を超えないものは言いたくないと言わんばかりにジェイドは腕を組む。



その時、村の入り口に軍の馬車が一台到着した。何気なくジェイドはそれを眺めていたが、扉が勢い良く開き出てきた人物の顔をみて、腕組を解いた。



「親書とイオン様が上手い具合に入れ違いになってしまいましたね…」
「え?」



「カーティス大佐!親書を、持って参りました!!」



早足で歩み寄ってきた兵士を、微笑を浮かべて迎える。敬礼を交わし差し出された白い封書を受け取ると、ジェイドは自分の部下に慰労の言葉を掛けてやる事も忘れなかった。



「ご苦労様でした、マルコ。…何事も起きませんでしたか?」
「はい、道中は殆ど滞りなく…ただ――――」
マルコはジェイドの少し後ろに立っていた少女を見、はっと何かに気付いたような顔をすると言葉を切った。



小柄で、黒髪を二つ括りにした――――。


の言葉が脳裏によぎる。



「どうかしましたか?」
「…あ、いえ…伝言を預かっておりまして。 大佐の後ろにいらっしゃるのは、もしや導師守護役、アニス・タトリン殿では?」
「ん!?そうだけど、なんで私の名前知ってるの?」



初対面の相手に名前を言い当てられ、驚いたアニスに対しマルコは伝言を伝える相手を発見する事が出来、一瞬ほっとした様に息をついた。そしてすぐに表情を引き締め礼儀正しくアニスに敬礼した後、改めて口を開く。



「マルクト帝国軍第二師団所属の少佐より伝言です。

『導師が単独で北の森に向かっている姿を確認、追跡します。魔物の数が以前より増えているようなので、余力があれば迎えに来て欲しい』
との事です!」



一瞬、少女は思考を止めた。



……?…!あ――――っ!!!?」



確信を得たアニスが先ほどまで嘆いていた時とは対照的な明るい顔をして、興奮気味に叫ぶ。





「(…?)」



密かにジェイドは首を傾げた。



マルコは少し戸惑いながら、続ける。



「そうです。…あと、



『何がプライベート旅行よ。導師一人に出歩かせて、導師守護役の名が聞いて呆れるわ』



…と…。私には意味が分かりませんが、笑みを浮かべながら少し怒ってらっしゃいましたよ」



「うげっ…さすがは元導師守護役…キビしぃ〜っ」
「……」
伝えられた容赦無い苦言に対して呟かれたアニスの言葉は最後までしっかりとジェイドの耳に届いた。





「でもぉ〜これでイオン様が何処に行っちゃったのか分かりましたね!大佐!…大佐??」
アニスが覗き込むようにして笑顔で言うと、
「…。…そうですねぇ」



少女のそれに負けないくらいの、いつも以上の華やかさで笑んだ。そして向き直ると、



「―――マルコ、報告はまた後にしましょう。タルタロスに戻って休んで良いですよ」
「はっ!ありがとうございます!」


そのままの笑顔で兵士を見送った。





「じゃっ、行きましょう!イオン様を迎えに〜レッツゴー!!!」



村の入り口に向かって歩き出したアニスの後を、ジェイドがゆったりとした足取りで追う。



「―――アニス」
「何ですかぁ?」



イオンの居場所の見当がついたため一安心したのか、アニスのテンションは高い。ジェイドは眼鏡を位置を直すと、村の入り口の門に焦点を合わせたまま言った。



中佐とは、お知り合いなのですか?」
「あっ、大佐にタルタロスでお話した、導師守護役のお手伝いをお願いした友達っていうのが、の事なんですよ!ってファミリーネームだけ聞いた時は、一瞬誰か分かんなかったんですけど」
「あぁ、そうだったのですか…随分、年の離れたお友達ですねぇ」



アニスは両手を頭の後ろに当て、上機嫌に話し続けた。



「詳しい事は私もよく知らないんですけどぉ、は私が生まれる前からウチに居候してたんです」
「居候?」



アニスが生まれる前、というと十三年以上も前という事になる。



「私が生まれたばかりの頃、パパとママが忙しい時は色々お世話してくれたりして――今はもう、大佐もご存知の通りマルクトにいますけど、、友達…ていうよりも、もーお姉ちゃんって感じですね☆」



「ふむ………では先程呟いていた、元導師守護役、というのは?」
「あ、それはですね、昔―…!!」



満面の笑みのアニスを一瞥し、口元だけに微笑みを浮かべたジェイドが真紅の眼を細めながら繰り出した問い掛けに、声高に答えかけたアニスは直後、硬直した。





「…え、私、、そんな事言ってましたっけ…?!」





頭の後ろに当てていた腕を降ろし、冷や汗を掻きながらとぼけた様に、探るようにジェイドを見上げる。それに対し、ジェイドは、



「流石は元導師守護役、とw」



しっかり聞こえていた呟きを悪びれる様子も無く復唱した。自分の失態にアニスは一瞬言葉を失くしたが、すぐに持ち前のテンションで笑顔を貼り付ける。このままでは、あまりにも苦しすぎる状況だ。



「(ヤバッ…マルクト軍の人間にが元導師守護役だって事は言うなって口止めされてたのに…)
…あ、正式な守護役とかではなくて、守護役の研修期間だけ臨時で導師様の身の回りの世話をしてたってだけですよ!た、大佐ぁ〜それよりイオン様が心配ですぅ〜!!無駄話はやめて、早く行きましょう!!w」



そういって、子供の様に村の入り口に向かって駆け出してみる。苦しい状況は残念ながら改善の兆しを見せなかったが。





明らかに誤魔化したアニスの後姿を数秒眺めていたが、細めていた眼を一度完全に伏せ、ふっと僅かに微笑んだ後、また眼鏡の位置を直した。



「…まぁ、いいでしょう。今はイオン様を探すのが先、ですね」



再び見えた眼に、追及の色は無い。



「たぁ〜いさぁ〜!!イオン様が待ってますよぉ〜!!!」



「アニス、前を向いて歩かないと転びますよ〜?」
「子ども扱いしないでくださいよぉ〜!!っはうぁっ!!!」













森の一端から立ち上り、空へと溶ける白い光。は眼を見張った。





「あの光…ダアト式譜術…―――!」



更に足を速め、森の中を白い光が立ち上った場所を目指し駆け抜ける。いくつかの魔物の気配を周囲の感じるが、そんなものは完全無視だ。ダアト式譜術を使うことが出来るのは教団の導師のみ。つまりイオンがそこにいる事は間違いない。
だが、一人だったはずのイオンの傍に今は二つの人間の気配がある。さっきは居なかった。
連れのはずは無い。物盗りか、それとも―



倒れていた大木の避け、少し開けた場所に出ると、そこには、





「導師イオンッ!ご無事ですか!?……?」
「(え…?)」



眼に飛び込んできた情景と若い女性の声に、は思わず困惑の表情を浮かべた。倒れている濃緑の髪の導師、イオンの傍には気配で読んだとおり二人の人間の姿がある。
一人は鮮やかな赤い長髪が目立つ、見た所十代後半の少年。もう一人は腰を過ぎる程長い明るいブロンドの髪の少女。
少年の方の服装はさして気にならなかったが、少女のそれは、見た所教団の服だ。
「(教団の人間…?)」
しかし、今回のイオンの護衛に就いている守護役はアニス一人のはず。


赤い髪の少年はイオンを抱き起こし声を掛けていたが、流石に気配に気付いたのか弾かれるようにを振り返る。少女もまた振り返り、とその二人は無言で互いに訝しむ顔を見合せた。


赤い髪の少年の腕の中から、イオンが声をあげるまで。





「あなた方は、昨日の………」





それは、傍にいる二人に向けられた言葉。
そして視線をゆっくりとへと移し、イオンは続けた。





「それに……アニスから聞いていましたが…―本当に、来てくれたのです…ね」

「!」





力無く笑うイオンの元に、は歩み寄り、膝をつくと気遣うように笑みを返した。



「イオン様…アニスに叱られますよ、こんな所に一人で来ては…。それから、今の私は、です。お間違えの無いように」
「ぁ…す、すみません」





と、ついに話が全く見えず苛立ちが破裂したのか、赤い髪の少年が声をあげた。



「っていうか、何だお前、急に現れて!」



「…」



凄い言葉遣いだ、とが驚いた顔をすると、それを見ていた少女が少年を叱責する。



「ルーク!初対面の人になんて失礼な…!謝りなさい!」


赤い髪の少年は、ルーク、というらしい。


「ッ!!うっせぇな!急に現れたのは確かだろ!」
「言葉遣いに急も何も関係無いわ!それに、イオン様にとっては私達も急に現れた様なものでしょう?同じよ」
「っ…!」



少年が押し黙ると、少女は向き直り、に頭を下げた。



「ごめんなさい、無礼な物言いをしてしまって…」
「や、驚いたけど、気にしないで。…訳アリっぽいし」





は穏やかに笑うと全力疾走で乱れた髪を軽く整え始めた。その様子を伺いながら、少女が再び口を開く。





「―私はローレライ教団神託の盾<オラクル>騎士団所属、ティア・グランツといいます」



髪を整えるの手が、一瞬止まった。



「(グランツ…?まさか…)」



が、よぎった思惑はとりあえず心にしまい込み、続きを聞く事にした。



「こちらはルーク。エンゲーブから来ました……あの、差し支えなければあなたの名前も…」
「あ、そうね。自己紹介するわ、私はマルクト帝国軍第二師団副師団長、。ただ、今は――」


だが続けようとしたの言葉を、ルークが遮った。
「何だって!?お前、マルクトの軍人なのか!!??」
「?」
「ルーク!」



その焦り様に首を傾げたの前で、ルークは不自然な呻き声を上げて黙り込む。足元を見れば、ティアが密かにルークの足を踏みつけていた。
どうやら、相当な事情があるらしい。だが、それよりも正直な所にとっては目の前の二人の、あまりにも噛み合わないやり取りの方がインパクトが強いのだが。



踏みつけられた方の足を抱えて飛び上がり、
「痛ってぇ!!何し―…、いや、な、何でもない!!」
と、慌てて取り繕うルーク。短い溜息をつくと、は半ば強引に自己紹介を再開した。



「最後まで聞きなさいって。確かに軍人だけど、今、私は休暇中。ここには、ローレライ教団の導師守護役、アニス・タトリンに導師の護衛の補佐を頼まれて来たの。だから、休暇が終わるまで軍人としての仕事をするつもりはありません。…安心した?」



一気に話し終えると、大人びた女性の笑みでにこりと笑う。ティアは困惑する気持ちを一端に、の笑みに一瞬見入った。ここまで軍人らしからぬ軍人は、珍しい。



いつの間にかしっかりとした口調に聞き入っていたルークが、話の内容を理解したのか肩の力を抜いた。



「そ…そうか。なら、大丈夫だな!!」
「大丈夫?」
「ルークッ!!」
「な、何だよ!!何もまずい事言ってないだろ!!」
「〜〜〜!…もぅ…」



肩の力を抜く所か肩を落としたティアに、は思わず同情した。堪え切れずに笑みも零してしまったが。



「…大変ね」



慰労の言葉に、ティアは思わず本音を漏らす。
「……えぇ、もう、世間知らずって事がこんなに恐ろしい事だとは…」
「ははは…」







どうやら、ティアは本当にヴァンの妹らしい、と云う事は解かった。イオンが確認するとティアは頷き、ルーク曰く、何やら兄妹間でのトラブルがあってそれに自分が巻き込まれたのだという。自身が兄弟関係を確認しても良かったのだが、すでにイオンと顔見知りである事を露呈してしまったためこれ以上教団の内部事情にあまり詳しいと不審に思われる可能性があった。


会話の途中でルークがティアに掴み掛かった丁度その時、チーグルが現れてその後を追う事になったため詳しいことは聞かなかったが、話の末端を繋いでいくにつれて二人の複雑怪奇な事情、というものがなんとなくだが読めてきた気がする。





「なるほど…エンゲーブで食料泥棒の犯人扱いされて、恐らく事件の本当の犯人であるチーグルを追ってここに来たってワケね」
「あぁ!ったくいい迷惑だったぜ、マジで」



ルークはの少し前を歩き、先陣を切って森を進んでいる。の後ろにイオン、その後ろにはティアが歩き、辺りに注意しながら四人は歩き続けた。たまに魔物が飛び出してくるが、憤ったルークが剣を振り回し片っ端から吹っ飛ばしていくのでが刀に手をやることは無い。



ただ、気になることは山ほどある。



赤い髪に深いエメラルド色の瞳、そして、ルーク<聖なる焔>という名前。
はルークの後姿を見つめた。
疑惑に包まれたの視線など気にも留めずルークの愚痴は続く。



「しかも食い物なんか盗んでるっていう盗賊と一緒にされたしな!」
「?漆黒の翼?」と聞き返すとルークが一瞬振り返った。



「あ〜なんかそんな名前だったと思うけど…あのジェイドとかいう奴も大佐だか何だか知らねぇけど、俺が漆黒の翼じゃないって分かってたくせに中々説明しやがらねぇし、ほんっと嫌味な奴だった!!」
「…ぷっ」
「?何笑ってんだ?」



自分が心から憤怒していたのにが突然噴き出してしまったのでルークは再び振り返ると酷く心外だ、といった顔でを睨みつけた。それに気付いたが、慌てて弁明する。



「あぁ、ごめんなさい、大佐とはちょっとした知り合いだから…」
「そうなのか?…あぁ、は少佐とか言ってたよな、じゃ、あいつはお前の上司って事か」
「でも、大佐の事そんな風に言う人は初めて見たわ」
と言いつつも、は言う程ジェイドの事を良く知らないのだが。信じられない、とルークが驚愕している。
「ホントかよ!マルクトの奴ら、皆感覚おかしいんじゃねぇのか?」
「凄い言われ様―――……!…ルーク、あれは…?」





一匹のチーグルの後を追い進んでいた四人は川の流れの中にそびえ立つ大木の前で、赤い光沢のある球体がいくつか転がっているのを見つけた。イオンがその一つを手に取り調べると、表面に白い印が浮かび上がっているのが分かる。





「このリンゴ…エンゲーブの焼印がついていますね」


「じゃぁやっぱり、村の食料を盗んだのはここのチーグルなんだな!!」
「何か事情があるはずです。確認しなければ…」
そして目の前の大木の根元にぽっかり開いた穴に眼を向けた二人は、歩き出した。





「おかしいわ…、チーグルは草食動物よ。この森なら、食べ物には困らないはずだと思うんだけど…」



転がっているリンゴ達をしゃがみ込んで調べながらティアが辺りを見回していると、後ろからの、苦笑いを含んだ声が聞こえてきた。




「ティア」
「?」
「二人とももう行っちゃったわ…」
「…」





溜息が二つ、緩やかな川の流れの音に溶けて消えた。





end