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森の中に、二つの足音が微かに響いている。時には川を渡り、襲ってきた魔物を倒しながら森の奥へと歩みを進めているのは一見すると親子に見えなくもない、一人の少女と、一人の男。 「イオン様ぁー!!!どこですかぁー!?」 広げた掌を口元に当ててイオンの名を呼び続けているアニスの後ろを、薄い微笑みを浮かべたジェイドがとりあえず森の中を見回しながら歩いている。 「イオン様ぁ〜!!」 と、何を思ったか少女の背中に眼を向けると、 「アニース」 笑みを深くして呼びかけた。それに対してびくっとアニスは背を縮め、恐る恐るジェイドを振り返る。 「た、大佐もちゃんと捜してくださいよぉ〜っ!早くイオン様を見つけて親書を届けないと、大詠師派の邪魔が入っちゃいますよ?」 少女なりに、必死だ。 「…アニス、もう何も聞きませんから、無理に叫び散らさなくても良いんですよ」 「ぅ…そ、そんなつもりじゃ―――」 「冷静に、落ち着いて、イオン様を捜しましょうw」 「……」 もはや対抗する術の無いアニスが沈黙した。その時だった。 ―――――!!! 地鳴りにも似た獣の咆哮が森中を駆け抜けた。僅かに地面が振動し、木々か震える。鳥達が森から一斉に飛び立ち、魔物気配が森の端々に隠れるように消えていく。 アニスは辺りを見回し、自らの沈黙をあっさりと破った。。 「っ何何!?」 その後ろでアニスの後を継ぐように沈黙していたジェイドがある方向に焦点を定めると、一気に歩調を速めた。 「―――あの大木の下から聞こえましたね。行きましょう」 「え、た、大佐ぁっ!?あ、待ってくださいよぉ〜!!」 ジェイドの足が向かった先にそびえたっていた太い老木の根元に、地下深くへと続く道がぽっかり口を開けていた。老木は未だ僅かに振動し続けており、突如訪れた異変の原因がこの下にある事をジェイドは確信する。 「アニス、私が様子を見てきます。あなたは私が呼ぶまで此処で待ち、イオン様が現れないか見ていてください」 「え、…分かりました!」 「頼みましたよ」 地盤から突き出したいくつもの木の根の上を軽快に飛び移って下へと降りていく。最深部に降り立ったジェイドの耳は、徐々に鮮明となる騒音の中に混じる数人の声を聞いた。 「(誰かが、魔物と戦っている……?)」 老木の真下にある大きな空洞。そこが音源だ。空洞のすぐ手前で一度立ち止まり、壁に背を添わせると気配を殺して空洞を覗いた。 「(!―やはりここだったか)」 森を震わせた主はライガ。しかも、大きさや風貌から考えるとおそらく群れの長、クイーンだ。奥で構えるライガと対峙しているのは武器を構えた赤い髪の少年、と長いブロンドの髪の少女。見覚えがあると思い記憶を辿ると、昨日エンゲーブで一悶着起こしたルークとティアである事を思い出した。何故二人がここにいるのは計りかねるが。 比較的手前の壁際にも人影がある。白い法服と濃緑の髪は、後ろ姿だが今朝から行方不明だった導師イオンに間違いないだろう。足元には小さな、袋状の耳をもった青い獣が震えている。 ―そして。 「!」 最後に眼をやったのは、イオンを庇う様にライガの方を向いて立っている、微動だにしない後姿。薄い菫色の服にベルトに挿されている二本の短刀、首の左側でまとめられたダークブラウンの長髪、そしてイオンを気遣い振り返った時に垣間見えた、橙色の瞳。 昨日、酒場で自分に酒を注いだ女、もとい正式には同僚の、・少佐に間違いなかった。 憂いの瞳-5 なんと、チーグルの食料泥棒疑惑には思わぬ裏があった。そもそもイオンはチーグルが人里から食料をせしめるなと何か事情があっての事だと確信していたのだが。 一行がチーグルを追って辿り着いた木の中は彼らの巣となっていた。憤怒するルークをなだめながらユリアとの契約の証であるソーサラーリングを持ち、人語を話すチーグルの長老に話を聞いた所によると― 「(ライガ…)」 話を聞きながらの脳裏に今朝方遭った六神将アリエッタの連れていた獣の姿がよぎった。 チーグル族の一人がここから更に北の森で誤って火災を起こしてしまい、その結果、そこを住処としていたライガがこの森に移住してきたというのだ。 チーグルを餌とするために。 村の食料を盗んでいたのは一族の存続のため仕方なくやっていた、という件の話が、ひと段落すると、イオンが言った。 『ライガと交渉しましょう―』 イオンを除く一同は、その言葉に一瞬耳を疑った。が、結局の所最後まで渋ったルークも皆で説き伏せ、一行はチーグル族の子供、ミュウを連れライガの住処へと向かう事になった。 そこまではまだ良かったのだ。 卵を守るように巣の中にいたライガが四肢を伸ばし立ち上がると、耳が割れんばかりの轟音で、咆哮する。獣の目に浮かぶ明らかな敵意。イオンの望みは脆くも崩壊した。 「ちっ、やっぱり魔物と交渉しようなんて無理な話だったんだ!!」 舌打ちし、ルークが勢いよく抜刀する。 「―――来るわ!!イオン様、お下がりください!」 「、イオンとブタザルを守っててくれ!」 「―――りょーかい、まかせて」 交渉の結果、クイーンの返答はミュウの翻訳曰く、 『お前らを殺して今から生まれる子供たちの餌にする』との事。 つまり闘う事になってしまった。 「(…大丈夫かな)」 ルークとティアは間一髪でライガの爪をかわしているが、正直心配だ。加勢したいのは山々だがイオンを一人立たせておく訳にもいかない。 橙色の双眸を細め、ライガを凝視していたがはっと息を呑む。ライガから流れ出す音素の流れが、ルークの足元に凄まじいスピードで収束されていく。 反射的に叫び声が飛んだ。 「ルーク!!後ろに跳びなさい!」 「へっ!?―うわっ!!」 聞き慣れていた穏やかな声から豹変した鋭い叫びに驚いたルークがとにかく言われた通りに後ろへ跳躍した直後、それまでいた場所で眩い白雷が炸裂する。 「危なかった…!くそ、この獣野郎!!」 ティアの詠唱で一瞬の隙が出来たライガに突進したルークのカトラスが叩きつけられる。しかし、鈍い音がすると剣は呆気なく跳ね返されてしまった。思った以上に表皮が硬い。これまでの森の魔物とは桁が違うのは明らかだ。 焦燥感に煽られたルークが、ティアを振り返る。 「何で倒れねぇんだよ!!」 「おかしいわ…こちらの攻撃がほとんど効いてない…!」 「はぁっ!?何とかしろよ!!」 ティアですらうろたえ始め、ルークがライガから眼を離し怒鳴る。やはりルークは剣の筋は良いものの戦闘に関するノウハウに致命的に欠けている。 「(チームワークの欠片も無いし…)」 とは思わず呆れてしまったが、直後、ライガの放つ容赦ない音素の流れが二人の元に収束し始めるとそう考えてもいられない。 「二人とも!左右に跳んで!」 再び響く鋭い叫び。 「「!!」」 二人が左右に別れて跳ぶと、その間で更に大きな雷が爆発した。 ここまでか、との瞳が殺気をはらみライガを睥睨する。イオンの護衛をルークと交代し引き続きサポートはティアに任せて自分が先攻する策で何とかするしかない。腰の短刀の柄に触れるとイオンとミュウが不安そうな顔でを見上げた。視線に気付いたが振り返り穏やかに笑う。 「大丈夫ですよ、イオン様。今―」 その時。 「あなたが闘る必要はありませんよ、」 この状況に不似合い過ぎる、囁く様な穏やかな声。 「!」 いつの間に接近してきたのか、短刀を抜こうとしていたの手を、青いグローブを填めた大きな掌が抑えていた。そこから辿ると、すぐ隣には青い軍服姿の長身の男性。暗色ばかりの空洞の中で、金髪が際立っている。 「ジェイド…!」 イオンが安堵したように声をあげた。 「大佐…!」 直前まで殺気で満ちていたの瞳が驚きの色で塗り替えられ、見上げた先で眼鏡の奥の鮮やかな赤い瞳と目線が絡み合う。 「―私が、何とかして差し上げましょうw」 奮闘している二人にも聞こえるように声を上げるとの手の上に乗せていた手を退け、咆哮する猛獣へと歩みを進め始めた。 垣間見えた、恐れなど微塵も感じさせない余裕の笑みと、空洞に満ちゆく研ぎ澄まされた水の音素に、 自然との手は刀から離れた。 end |