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憂いの瞳-6 「――――案外、呆気なかったですねぇ」 「いや、大佐が強すぎたんだと思いますけど」 は水浸しになり息絶えたライガクイーンの巨体を前に現れた時と相変わらぬ微笑みを見せるジェイドを見つめた。 ジェイドの詠唱によって中級譜術である“スプラッシュ”は威力を何倍にも増した水の激流となり、一瞬でライガとの激戦に終止符を打った。ライガを凌ぐ桁違いの強さにその場にいた全員は圧倒され、事態が収拾した後も皆ほぼ放心状態となっている。 「すっげぇ…」 座り込んでしまったルークの呟きが、静寂に溶けた。 「アニス、下りて来てください」 ジェイドが突如振り返り、地上の入り口に向かって声を掛けると不安定な足場にも関わらず、軽い足音が降りてくる。 やがて空洞内に、小柄な少女が降り立った。 「何ですかぁ〜?…あぁあっ!!」 イオンとを見るなり、アニスは叫び声を上げた。 「アニス…!」 少女の姿を捉え、イオンが微笑を浮かべる。も言いたいことは山程あるがとりあえず、久しぶり、と右手を軽く上げて笑った。その様子を一通り見た後、ジェイドがアニスを呼び寄せ、何かを耳打ちする。 「―――――――」 耳打ちしながらジェイドがルークとティアを一瞥したのを、は見逃さなかった。アニスは囁かれた言葉に一瞬不服そうな顔をしたが、逆らうつもりなど毛頭無いのだろう。すぐに明るい表情を浮かべると、 「―――?…分かりましたけどぉ〜、その代わり、ちゃんとイオン様見ててくださいね?」 可愛らしく返事をした。 「えぇ、もちろんですw」 そこで、ふとジェイドの視線がに移る。イオンに微笑みかけ、その場を去ろうとしていたアニスがはっと息を呑んだ。当のはへたり込んだルークにからかう様に笑いかけているが。このままではまずい、と考えを廻らせたアニスの本能が、彼女を叫ばせる。 「―――――!!大佐にだーいじな用事頼まれちゃったの、一人じゃ寂しいから一緒に来て欲しいな☆」 「え?」 唐突な要請に驚いたの傍に駆け寄るとアニスはの手を引いて歩き出す。 どこからか、非常に鋭利な視線を感じるがここは引き下がる訳にはいかない、とアニスは己を奮い立たせた。せめて自分の過失は先に伝えておく必要がある。 「いいけど、イオン様の護衛は…」 「大佐がいるから絶対大丈夫!!」 すっぱり答え足を休めようとはしない。 は頑なに自分を連れ出そうとするアニスの態度を見て、やっと何かを悟った。ジェイドの強力な譜術を見た直後というのもあるが、確かにジェイドがいればイオンは安全だろう。と思う。 それに、アニスが強引な態度を取る時にはいつも何かある事が多い。一人を連れ出そうとしていると言う事は、 「(何か話がある…といった所かな、まぁ私も言いたい事はたくさんあるし)」 何より殆ど一年ぶりに会ったのだ。ダアトからグランコクマに移ってしばらく連絡もしなかったため、もしかしたら寂しい思いをさせてしまっていたのかも知れない。それまでいつもと言って良い程一緒にいて、血の繋がりはないものの姉妹の様に育ってきた仲だったのだから。 「(ま、いっか…)」 は僅かな抵抗も取りやめ、されるがままになる事にした。 「ほらぁ〜!大急ぎって言われてるんだからぁ〜!急いで!」 「あー分かったわ、分かったって!」 「じゃっ大佐ぁ〜行って来ます!」 どこか余所余所しいアニスに、が引っ張られながらも首をかしげている。 「…お気をつけてw」 あっと云う間にその場から消えていった二人をジェイドは心なしかいつもより深い笑みを浮かべて見送り、仕切りなおしと言わんばかりに眼鏡の位置を直すと 「―――では、我々も戻りましょうか」 残された一同を見回しながら言った。 一足早く地上に出たアニスとは、早足でエンゲーブに向かっている。 「―ねぇ」 「何〜?」 の呼び掛けに応対したアニスの声は先ほどに比べて少なくとも半オクターブは低い。 別に怒っているというワケでもなく、実はこれが地声だったりする。言葉遣いも振舞いも随分違う。可愛い子ぶった素養は欠片も見受けられない。しかしアニスの驚くべき素の姿も、には見慣れたものなのか、彼女は平然と話を続けた。 「大佐に頼まれた用事って…?私が聞いて良いのか知らないけど」 「え?あぁ〜、何かね、あの赤毛とブロンドの女の人を捕まえるから、タルタロスを呼んできて欲しいんだってぇ」 「?捕まえるの?」 「第七音素の超振動で不法入国者してきた人たちかもしれないって言ってた」 「あ、そうなの?超振動で…ミスって飛んできちゃったのね、きっと」 「お互い第七音譜術士だって分からなかったのかなぁ〜信じらんない」 森での不審な言動も、これで納得がいく。他国から国境を旅券やパス無しに越えてきたから、軍部という肩書きに異常に反応したのだろう。 あの二人はマルクトの人間ではない。ティアは教団の人間の様だがルークの方は仕入れた情報を整理すると…恐らくマルクトの敵国とされる、キムラスカ王国の人間だろう。 用事、に関する話題が一段落する頃には二人は森を抜け切り、エンゲーブのすぐ傍に駐屯しているタルタロスを目指して平野を進み始めていた。 「……」 「…それはそうと。」 用事の詳細を聞いて以来、無言で歩みを進めるについにアニスが声を掛ける。 「…何?」 「…ほんっとに…久しぶり!」 破顔したアニスがを振り返った。 アニスはまだ十三歳だが、家の苦労が重なったためか、妙に大人びた所がある。それにはも度々驚かされた事があるが、決して全てが大人びている訳では無い事も、知っている。 「……そうね。 …今回の、イオン様の旅が終わったら…ダアトに寄ってくわ。」 一瞬面食らった様に驚いたの、穏やかな呟きに、アニスは短くありがと、と返した。そして 「旅行じゃないの、いつから気付いてたのぉ?」 一変して明るい子供の笑顔に戻り、更に足を速めた。苦も無くそれに追いつきながらが答える。 「ピオニー陛下から親書頼まれた時から…まぁ、頼まれたのは偶然…だったと思うけど。 途中で六神将の二人にも会った時点で、殆ど確信した…かな」 「えっ、マジぃ〜?!もしかして、根暗ッタ!?」 「?そうそう。と、金髪の…多分、魔弾のリグレット。といっても、何もなかったけどね」 少なくとも追い払った六神将はそう思ってはくれないだろうが。 あっと言う間にエンゲーブ辿り着き、は物珍しげにタルタロスの巨体を見上げた。主に曲線で構成されている、白と黄金色の装甲は太陽の光を反射し鈍く輝いている。 「やっぱり近くで見るとデカい…」 「はあんましこういうのには乗らない役職?」 「んーそうねぇ…結構久しぶりなの、帝都の外に出たのは」 「ふぅーん…あ、大急ぎって言われたんだった!艦長に話してくるね!」 「私も行くわ」 二人がタルタロスに駆け込み艦長に話をすると、すぐにタルタロスは動き出し広い平野を北に向け、進み始める。 二人は船室に入らず甲板で風に当たりながら、巨大な装甲艦が森に到着するのを待った。 「――――あ、そういえばさ」 甲板の柵にもたれ掛かって周りの景色を一望していたアニスが唐突に口を開く。 「何?」 「って大佐と知り合いだったんだねぇ〜」 「え?あぁ…でも、階級も所属してる師団も違うから、軍では殆どいつも初対面って感じよ?」 「そぉ?でもケッコーの事知ってる雰囲気だったけどなぁ…あ」 そこまで言うと、アニスはふと気まずい顔をしてぎこちない動作でを見上げた。 「あのさ…………怒んない?」 「?何?」 首を傾げたに、アニスは胸元で両手の人差し指をくっつけながら言う。 「……大佐に…が元導師守護役だって……言っちゃった…」 甲板を駆け抜ける風のせいでもあるのか、アニスの呟きが余計に小さく聞こえた。 「!…そう」 「…お、怒んない…の…?」 どやされると覚悟していたらしいアニスは、の抑揚のない返事に驚く。 「そんな事で怒らないわ。それとも、怒って欲しい〜?」 「っそんな訳ないじゃん!!もぉっ、ビクビクして損したぁ〜。大佐にも思いっきり怪しまれたし…」 「(それであの視線か…)」 ライガクイーンの巣で一瞬感じた、あの棘のある視線。酒場で飲んでいる時とは全く別の、軍人の眼だった。 ほんの一瞬だったが決して、感付かなかった訳ではない。ただ、応える必要が無かった。 「…まぁ、上手くやり過ごすから平気じゃないかな」 アニスの隣に並び、同じように鉄柵に腰を預けながらが小さく笑みを零す。 「本当にぃ?大佐、すっっごい手強いよ?!」 「大丈夫よ。あの人、無意味な詮索はしない人みたいだし。任務に関係ないと思ったらすぐに私の事なんか頭から締め出して…… ―着いたんじゃない?」 徐々に周りの景色が鮮明になっていく。タルタロスが減速し始めたのが解かると、は甲板から左舷ハッチの方向へ歩き出した。その後をアニスが慌てて追いかける。 「まぁ、が大丈夫って言うなら、もう言わないけど」 「あなたにそこまで心配されるようじゃ、私もいよいよ駄目になってきたのかも…」 が自嘲気味に溜息をもらした。もちろん、からかう意を込めての事だが、アニスに妙な気苦労を掛けまいと思っての振る舞いでもあった。 「酷っ!〜もぉ心配してあげないからね!!」 と素直に頬を膨らますアニス。 「ほら、迎えに行くんでしょ?置いてくわよ」 完全停止すると同時に二人は兵を引き連れ、再び森へと降り立った。 憂いの瞳-6 end |