とアニスが森の入り口で兵を待機させ待っているとすぐに、チーグル族の長老に報告を済ませたルークとティア、そしてジェイドとイオンの四人にミュウを加えた一行が森の奥から現れた。



「おっ、!!、、と…あれって、導師守護役とかいう―――」



赤毛をなびかせたルークがに手を振り、もそれに答えるように笑みを浮かべる。



「あの子は、アニス・タトリンといいます」



ルークの問いに、イオンが優しく答えた。その会話の合間に、少し後ろを歩いていたジェイドが切り株に座っていたアニスに声を掛ける。



「アニス、呼んで来てくれましたか?」
「大佐〜!ちゃんと森の前まできてますよぅ〜。大急ぎでって言うから、頑張っちゃいました☆」
「ご苦労様です、も」
「いえいえ、お手伝いですから。何でもします」



貼り付けた様な笑みで微笑み合う二人の背後で切り株から降りたアニスが兵士達に目配せすると、後ろに待機していた兵士達が一斉に動き出しあっという間にルークとティアを取り囲んだ。



「!?」
「!?どういうことだ!?!?」



狼狽する二人。ジェイドがから視線を外し、兵士達に命じる。鮮やかな赤い瞳は、いつもの薄い笑みすら浮かべていない。



「そこの二人を捕らえなさい。正体不明の第七音素を放出していたのは彼らです」
「っ!?ジェイド!」



うろたえるイオンに、ジェイドは口元だけに穏やかな笑みを浮べて宥める様に言った。



「ご安心ください。何も捕らえて殺そうという訳ではありませんから。―彼らが暴れなければ、ね」



「なっ……!」



助けてくれ、とルークにすがるような視線を向けられると、は苦笑いで肩を竦める。



「―申し訳ないけど、あなた達に事情があるように、こちらにも事情があるのよ。」
「っ軍の仕事はしないんじゃなかったのかよ!?」
「私は、よ。暴れなければいい、それだけの話なのは確かだから、お願いだから大人しくして頂戴」
「っ!!」
「ルーク」



ティアがここまでだわ、といった面持ちでルークに呼びかけた。



「…くそっ」



確かにその通りだと、流石のルークも悟ったらしい。大人しくなったルークを見て見切りをつけたのか、ジェイドは鋭く命じた。



「―――連行せよ」



兵士達に囲まれて、二人が歩き始める。二人が森から離れていくのを無関心に見送りつつ、アニスがぱっと笑みを咲かせてを見上げた。



、私達もタルタロスに戻ろっ」
「―ええ」



返事をしながらもの目は、兵士達に囲まれて連行されていく二人の背を、特に、不服そうな表情を全開にしたルークの、赤毛のなびく背中を見つめていた。





憂いの瞳-7




タルタロスが再び動き始めてしばらく経った頃、船室と甲板を隔てていた扉が開き、ジェイドとイオンが船外へと姿を現した。扉が閉まった事をイオンが振り返って確認すると、不安そうな顔で静かに口を開く。



「ルークは、協力してくれるでしょうか…」



吹き付ける風にもみ消されてしまいそうな小さな声でもしっかり聞こえたらしく、口元に笑みを浮べたジェイドは穏やかに言い切った。



「ルークだけなら確かに不安ですが、頭の良い説得役がいますからね。―大丈夫だと思います」
「…そうだと良いのですが…いえ、そうですね、、きっと、大丈夫ですよね」



ジェイドのしたたかな物腰にイオンは安堵したのか、面持ちに笑みが戻る。ふと、ジェイドが上の甲板への梯子に眼をやったかと思うと、呟いた。



「……少し、失礼します」
「?ええ、僕の事は気にしないでください」
「では」



ジェイドは礼儀正しく会釈すると、イオンに背を向け甲板への梯子に手を掛けた。兵士達は船室で休憩、他の乗組員はブリッジに籠もっている為甲板には人影は無い。砲台のある甲板上部に続く長い梯子の所に、見張りの兵士が一人立っているのみだ。
甲板に上ったジェイドはぐるりと一度甲板を見回した後、突如天を見上げた。



青い空に、タルタロスの白い装甲が生えている様は美しい。漂う雲を尻目に誰もいるはずが無い甲板上部にちらりと垣間見えた人影を、鮮やかな赤い双眸が捉えた。ジェイドは眼鏡の位置を直すと無言で梯子に歩み寄り、見張り番の兵士に声を掛ける。



「見張り番、ご苦労様です」
「カ、カーティス大佐!」
妙に改まった兵士の敬礼に穏やかな笑みで答え、そのままの調子で続けて言った。



「…所で、この梯子は戦闘配備の時以外は昇降禁止にしていたはずでは?」



ちらり、と梯子の上を一瞥すると、うっ、と兵士が明らかにうろたえる。



「なっ、何故それを―!…いえ、も、申し訳ございませんっ…!」



“誰か”を通してしまった事がバレている事を理解し、うなだれた兵士。に対して怒るのかと思えばジェイドは笑みを零した。予想とは異なった展開に、兵士は不思議そうな顔でジェイドを見上げる。



「…大佐?」



わざとらしく溜息を漏らし、言った。あくまでも、困り果てた顔で。



「仕方ありませんねぇ、では、私も上らせてもらいますよ?」



どうやら勘弁してくれるらしい。



「……は、はいっ!」



兵士が慌てて敬礼した頃には、ジェイドはすでに甲板上部への梯子を上り始めていた。





甲板上部、特に砲台付近はタルタロスの中でも高い位置にあるため、下の甲板よりも少し風がきつい。柵も何も取り付けていないため、高所恐怖症の人なら一瞬で気を失ってしまいそうな場所だ。 だが、少しでも青空に近づいている分、周りの景色も下の甲板から見るものとは別格の壮大さを感じさせる。

二度目の梯子を上りきり、その場所へと足を踏み入れたジェイドの眼に映ったのは、白い装甲に映える一人分の人影。ブリッジへと続く、細く長い梯子の取り付けられた位置から少し離れた所に佇んでいるのは、菫色の服を着た女性。見覚えがある。 ただ、いつもは首の側で団子にまとめられているダークブラウンの髪は解かれており、風になびいている腰にも届きそうな長い髪が、普段とは全く違った雰囲気を漂わせている。



「……―」



吹き抜ける風に煽られることなく、目の前の女性よりかは短いが、同じく風で乱れている自分の金髪を手で押さえながら、ジェイドはゆっくりとした足取りでに歩み寄っていく。風に遊ばれている髪の隙間から見える横顔には表情が伺えず、気付いているのかいないのかは解からないがジェイドの方を見る気配は無い。



「―随分と、忙しい休暇をお過ごしの様で」





掛けられた言葉に、小柄な背がぴくりと反応する。



「…―でも、退屈だと思わなくて済むでしょう?」



ジェイドがいつも浮べているような薄い笑みを口元に滲ませ、が答えた。橙色の瞳はまだ、青空に浮かぶ遥か遠くの山々を見つめている。 強い風が吹き抜ける中、それでも、彼女の声を聞き逃すまいと耳を済ませながらジェイドが続けた。



「ご最もな答えですね。…どうやってここへ上がって来たのですか?」



本当は分かりきっている事なのだが、それでも投げたジェイドの問いには少し真剣に考え込んだ。



「どうやって…。…下の兵士さんに少しお願いしただけですよ」
「私の部下を言い包めるとは、大したものです」
「まぁ、大佐を言い包める事はできそうにありませんけどね」



苦笑いで言ったのその言葉に、ジェイドはつられて笑みを零す。



「ははは、―――よく、わかってるじゃないですか」



髪を押さえていた手を離し眼鏡の位置を直すと、金髪が風に翻った。



「……」



黙り込んだの横顔に、ジェイドは笑みを浮べたまま畳み掛ける。





「…あなたが、元導師守護役だったとは―初耳でした」



口元は笑っているが、眼鏡の奥に佇む瞳は決して笑んではいなかった。



「!」



そしてそこでやっと、橙色の瞳がジェイドを見た。その状況に、不似合いな笑みを浮べて。



「…職歴詐称だと言いたそうですね」



バレてしまったのなら仕方ない。特に、目の前のこの男性に気付かれてしまったのなら誤魔化す事はもはや不可能だと思っただが、しかし、ジェイドの次の言葉は予想だにしないものだった。



「いいえ、そんな事は私にはどうでもいい事です。」
「あら、じゃぁ一体……」
「確かに本部の書類には今回耳にした事は一切書かれてはいませんが…別に上に報告してどうこうというつもりはありませんので、ご安心を」



自分の書類がチェックされていたことにもまず驚いたが、ジェイドの意図がどこにあるのか分からない事には軽い困惑を覚える。首を傾げた彼女に微笑みかけると、ジェイドは続ける。



「―それから、先ほどタルタロスに戻った時にマルコからある報告を聞きました。六神将を二人、たった一人で追っ払ったそうじゃないですか。…しかも、あなたは武器を抜かずに」



の持っている二本の刀を一瞥し言った。六神将と言えば、ローレライ教団<神託の盾>騎士団の六人の幹部達を事を指している。オールドラントでは常識的な単語で、全体的な外見や顔はともかく、恐らく軍属であれば知らない者はいない。
は兵士何十人、何百人分にも及ぶ戦力を持った彼らの内二人を相手にし、よもや無傷で、優勢を保ったままその場を切り抜けたのだ。軽く眼を見張ったが、驚いた、と言わんばかりに肩を竦め、



「マルコは、六神将の事知らなさそうな感じだったのに―」



諦めた様に溜息をついた。すっかり忘れていたのだ。マルコが、ジェイドの部下である事を。



「彼は分からなくても、服装や特徴を聞けば私は分かりますよ。六神将を盗賊呼ばわりするとは、あなたも中々恐ろしい人ですねぇ」
「………」



押し黙ったまま、しかしジェイドの視線は真っ向から受け止めているに、ジェイドは自然と溜息を漏らしていた。





「…待ち伏せされていたのですか?」



問いかけに、は視線を山並みに戻しつつ答える。



「…恐らく。ただ、"物を渡せ"と言ってきただけで親書だと知っていたかどうかは分かりません」
「まぁ、情報というものを完全に隠し通そうとしても無理な話かも知れませんが…しかし―あなたがいなければ、親書は奪われていたでしょうね」
「きっとまた奪いに来ますよ…。物がある事はバレてますし」



来るなら、そろそろ来る筈だ。
次奪われてしまったら元も子もないでしょう、と腕を組みながら双眸を細めて呟いたに、ジェイドは再び密かなる詮索の牙を向ける。



「また、あなたが追い払ってくれれば済むのでは?」



一種の挑発的ともとれるジェイドの発言に、



「…今朝は、たまたま交渉が通じただけです」



は風に吹かれて乱れた髪をまとめながら呟いた。 いつも口八丁で切り抜けられる程、戦いというものは甘くない。それを二人共十分解かっているのだが、それでも敢えて茶化そうとする姿勢を変えないに ジェイドは無意識の内に腕を組み、ほんの少し語気を強めて言う。元より、この場で彼女に口八丁で切り抜けさせるつもりなど、毛頭なかった。



「死傷者数が飛び抜けて少ない第二師団の副師団長の言葉とは思えませんね。…あなたの話は、私も本部で聞いてます」



如何にして迅速に勝利を掴むか、ではなく、如何にして兵士を"生き残らせる"かを銘にしている女性将校。単に甘いのではないのだ。その程度の人物ならばこの短い期間で少佐という地位に昇格される訳が無い。
家族を養う兵士達に密かに慕われ、そして何より、その信念を貫き通す実力が備わっている故の上の評価なのである。



「本部でって…私そんなに有名じゃないですから」
「そんな事ありませんよ?―それに、先刻の、ライガ・クイーンとの戦いでのあなたの活躍の程もそれなりにじっくり拝見させていただきました」
「じっくり…?…!ちょっと待ってください」



ふと、が訝しげな顔をしてジェイドを見る。その視線を真っ向から受けたまま、ジェイドは薄く笑った。



「なんですか?」



何事も無いように聞き返してくるのだが、それに反比例しては疑惑の目を光らせる。



「見せてもらいましたよって…もしかして、もっと早くに着いてたのに影から高みの見物してたとか仰るんじゃないでしょうね?」



訝しげな顔そのままに問いかけたに、ジェイドはからりとした笑顔で答えた。



「いやー最初は私なんかが出る幕ではないと思いましてw」
「……」



やはり油断ならない笑みだ、と思う。



「ルークとティア、あなたの指示で動いている時は一度もクイーンの白雷を喰らいませんでしたね」



その言葉に、髪をまとめ、梳き始めたの指先がピタリと止まった。



「…あの二人の反射神経が凄かったんですよ、若いって羨ましいです」
「…そうですか?…私には、明らかにあなたにはクイーンが攻撃が発動する箇所が現在進行形で“視えて”いるように思えましたが」



「(流石は一流の軍人、視る目は本物の様ね…)」



深みのある赤い瞳から放たれる、鋭利な視線に射抜かれたが閉口した。 ジェイドの指摘は、確かに核心を突いている。この立場に立たされて初めて、ルークがジェイドの事を何故あんなにも嫌がっていたのかが少し理解できた、気がした。





「―――というと?」





あなたの見解を、聞かせて頂戴。と髪を元通り首の左側でまとめ終えたあと、やっと口を開く。そしては真っ向からジェイドと向き合い気丈に笑んでみせた。橙色の瞳の奥を見据えるように見つめ、ジェイドは口元に笑みを滲ませる。





「…、あなたには、譜術士としての力以外に―」





「カーティス大佐!どちらにいらっしゃいますか!?」
「!」



ジェイドの言葉を遮って、梯子の下から兵士の呼ぶ声が響いた。さっと視線を外したが甲板の白い装甲に膝をついて下を除くと、梯子の下にジェイドの指示で部屋に待機していたはずのマルコの姿が見えた。



「カーティス大佐!キムラスカのファブレ家のご子息が任務にご協力してくださるとの事です!船室にお戻りください!」
「!――」
「呼ばれてますよ、大佐」



喜々として笑うを見て、ジェイドは奇妙な感覚に襲われる。



―まさか、このタイミングで邪魔が入る事が解かっていて…?



そんな事は有り得ないと思う。だが。





「……仕方ありませんねぇ、続きはまた後にしましょう」





引っ掛かりを覚えながらも、今優先すべき事は別にある。親書を少しでも早く、安全にキムラスカへ届けるために、あの世間知らずな少年に協力を請わなければならない。





「ルークは、やはりキムラスカの…」



艦内に戻っていったマルコを眼で追いながら、の脳裏にはあの赤毛の少年の顔が浮かんでいた。



「えぇ、ファブレ家のご子息ですよ。まだ詳しいことは話していませんが、国境を越えた後の親書の受け渡しをスムーズにするために、彼に国王に取り次いでくれるよう協力を要請するつもりです」
「…そういう事ですか」





ファブレ、というと十五年前のホド戦争でホドを壊滅状態に追いやったキムラスカの公爵家の名である。一瞬、の顔から表情が抜け落ちた様に失くなった。





「どうかしたのですか?」



ジェイドが軽く覗き込むようにして問いかけると、急な展開に反応し遅れたが驚いて後退る。



「―どうもしてません。ホラ、大佐、皆を待たせちゃ駄目ですよ」



右手で扇いでジェイドを送り出そうとするの顔に、先ほどの無表情の面影はない。



「って、あなたは来ないつもりですか」
「話は後からでも伺えますから。ここから艦を見てます、いつ奴らが来るか分からないので」



はすとんと白い装甲に腰を下ろすと足を投げ出し、大空を見上げた。



「…―それは心強い、頼みましたよw」
「おまかせくださいw」



下に降りようと梯子に足を掛けたジェイドが、ふと思い出した様に見送るを振り返った。



「―
「?何ですか」



「今のあなたは休暇中なんですから、堅苦しい言葉遣い無用ですよ」
「良いんですか?休暇終わった後戻り切らなくなりそうですけど…」
「私は構いませんよ。それに、旅の途中私にだけ敬語を使うのも中々難しいでしょうし」


確かに、それも正論である。


「それもそうなんですが…。…じゃぁ、、お言葉に甘えさせてもらうわ」



「では、後程またw」
穏やかに笑うと、ジェイドはそのまま梯子を降り始め、の視界から消えていった。



一人になったが、大きく息を吐き出す。恐らく、本日最大の溜息。





「つ…疲れた……」





精神的に疲弊した気がするのは、恐らく気のせいではないだろう。ジェイド・カーティス大佐。予想を遥かに上回る曲者である事を、実感させられた。






憂いの瞳-7 end