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憂いの瞳 9 砲撃音が通路に絶え間なく響いている。グリフィンの群れに迎撃を開始してから数十秒、大きく艦が震動した。 「う、わッ!!こ、この船、大丈夫なのかっ!?」 「きゃぁあっ、ルーク様ぁ〜っ!w」 「はっ!?おいっ―」 よろめいたルークに更にアニスが転びかけたのを装って抱きつくとルークは見事に通路の床に転がってしまった。そして即座にティアの叱責が飛ぶ。 「ルーク!ふざけないで!」 「お、俺のせいじゃねぇっ!!」 「おかしいですね…」 ジェイドが首を傾げた。雰囲気から読み取るに、どうやら迎撃が間に合っていない。ある程度の数ならタルタロスの主砲と他の大砲を使えばなんとかなるはずなのだが、それ以上の数の魔物が襲ってきているということなのだろうか。ますます怪しい展開である。振動が増す中、設置された伝声機にジェイドが呼び掛けた。 「ブリッジ!状況はどうなっているのですか!?」 すぐに焦燥感に満ちた操縦士の声が返ってくる。 『師団長っ!グリフィンの数が多すぎます!迎撃が間に合いませ――…っ!?』 砲撃をかわした数十羽のグリフィンが甲板に突っ込もうとした瞬間、 「―エクスプロード」 突如甲板から幾筋もの炎の渦が巻き起こった。空を赤く染め、接触寸前まで迫っていたグリフィン達を根こそぎ飲み込んでいく。やがて、艦の震動は収まった。 「燃えてる…っ!?」 小窓を覗きながら、ルークは炎の切れ端と炎上しながら落下していくグリフィン達を呆気に取られたまま眺めている。 「……ブリッジ、何が起こったか解かりますか?」 再び伝声機で呼びかけながら、ジェイドは船窓から元の色を取り戻した空を一瞥した。パイプの向こうから狼狽しきった声が響いてくる。 「何があったのですか?」 『か、甲板から詳細不明の譜術が発動した模様、、艦に被害は無し、グリフィンは、ほぼ殲滅状態です―』 「…譜術…なる程。了解しました」 と、甲板に続く階段に目をやったアニスが声をあげ、その方向に駆け出した。階段を降りてきたのは、濃緑髪に法服姿の少年。 「イオン様!!―あれ、は一緒じゃないんですかぁ?」 が付き添っていると思っていたアニスは、その姿が無いことに首を傾げた。魔物の襲撃を受けてもアニスが慌てなかったのは、がイオンの傍にいると思っていたからである。襲撃があったとは思えない程落ち着き払っているイオンが静かに答えた。 「ならもうすぐ来ます。ジェイド、グリフィンの大群は…」 安堵している濃緑の瞳と視線が絡み合った瞬間、ジェイドは事態を悟った。 「少々不可解な点はありましたが魔物達を無事撃破できたようです。あなたは、…詳細をご存知の様ですね」 伝声機で艦の態勢を立て直すよう指示した後、顔を離したジェイドがイオンの方に向き直り、微笑んだ。その場が一瞬安堵感に包まれた、その時だった。再び艦が大きく震動したのは。そして艦内が鳴り響く。 『き、緊急事態発生!今度は森から現れたライガが艦に組み付き…!!た、大変ですっっ!!ブリッジに―』 そしてぶつん、と鈍い音の直後、部下の声は途絶えた。 「「「「!!!!??」」」」 炎の残滓が残る甲板の上に、一人、がピクリとも動かずその場に立ち尽くしていた。艦の警報機がふつりと途切れ、風の音のみが鼓膜を突いている。 その場に迫っていた影達は一匹残らず消滅した。否、消したのだ。己の手で。 「…」 予想が正しければ敵襲はこれでは終わらない。第二波が必ずやってくる。神経を研ぎ澄ませて甲板を見渡した瞬間、ドン、と大勢の何かが艦の側面に激突する音が静寂を断つ。 「来た…――」 音源であるブリッジの方角へと爪先を向けた、その時。 「!?」 頭上で何かが煌き、そして上空から何かの気配が落ちて来る。正確には落ちて来るというより降りてくる、に近いのだが。 瞬間的に抜刀した短刀の刃と、白銀の刃が交差する。キィン、と金属同士がぶつかり合う音が甲板に響き渡り、は降りてきたその人物の顔を間近で見た瞬間、目を見開いた。 「―アッシュ…!」 「モースのあれだけの奇襲攻撃を受けていながら、本当に生きていたとはな。―・」 低く深みのある声。教団の黒い平服に深紅の髪、対照する深緑の瞳が際立っている体躯のしっかりとした青年。面持ちは森で初めて会ったファブレ公爵の息子である彼、ルーク・フォン・ファブレと酷似していた。 否。その逆だ。 は"知っている"。ルークを見た瞬間から、何となく感付いていた。そして今、元同僚と久しく合間見えたことで疑惑は確信へと変わる。 そう、"アッシュが"似ているのではなく― 互いに得物を引っ込める気配を見せないまま、アッシュがを睥睨して言った。 「―ヴァンが、探していたぞ」 「?」 神託の盾騎士団総長ヴァン・グランツ。脳裏にはっきりと浮かんでくる面構えにすら貫禄がある。それでも問いかけの意図が読めず一瞬首を傾げたに、焦らされた様子でアッシュが語気を強くして続けた。 「なら単刀直入に聞こう。貴様、"例の計画"について、何を知っている…!?」 「例の、計画…?…まさか」 金属が擦れる音が、対峙している剣の接点から漏れ続けている。突如突きつけられた詰問に、は訝しげな表情を露にした。そして視線だけを逸らすと、 「…何の事か、分からないわ」 「シラを切るのはやめろ。力ずくで吐かせて欲しいのか」 「…相変わらずね」 一瞬押された刃を押し返すとは溜息を付き、眉を潜めながら橙色の双眸でアッシュを睨み返した。その態度はどうにかならないのか、と言わんばかりに。 「本当に知らないってば。計画って、ヴァンが昔から言ってたやつでしょう?でも、詳しい事は聞かされてないし、…一度誘いを蹴ってからの事は、何も知らないわ」 『私の元へ来い、。預言の無い、自由な世界を、人々が自ら道を選ぶ事が出来る世界を造るために、お前の力が必要なのだ。 私の計画を、手伝って欲しい』 預言の無い、自由な世界。あの時の彼の目は預言を信じ、準じている者達を遥かに凌ぐ程真っ直ぐな眼をしていた。ホド戦争以来預言に憎しみを抱いているヴァンは、ずっとその実現を望んでいた。その世界を作る事だけを、考えていた。 今も恐らく、そうだろう。 「アッシュ、あなたまさか…!いえ、それよりも、ヴァン計画は…」 神託の盾騎士団、特務師団長にしてヴァンの直属の部下である筈のアッシュが、何故彼を嗅ぎまわる様な真似をしているのか。 の言わんとすることを予測したアッシュが眉間に皺を寄せ、苦虫を噛んだ様な面持ちで何かを言いかけた、その時。 「やめておけアッシュ」 唐突に降りたった細い影が、アッシュの少し後ろ辺りに着地した。風になびくのは、結い上げられた金色の髪。 「!リグレット…」 「あら」 小さく笑みを零したをリグレットは無表情で一瞥し、しかし戦闘を始めるつもりは無いらしく腰の譜銃に手を伸ばす気配は見受けられない。視線をからアッシュへと移し、淡々とした口調で言った。 「ここで闘り合う必要はない、閣下の命令に逆らうつもりか?」 「─チッ」 「あら、闘らないの?」 舌打ちをし、退いたアッシュに、もはや彼が、本当は戦うつもりで斬りつけてきたのではない事に気付きながらもはからかうように微笑みかけた。 「勝てない事を解っていて挑む程我々も馬鹿では無い─少なくとも今はな。」 リグレットの言葉は意外だった。 「急に素直になったじゃない、どうしたの?」 「我々には今、他にやるべき事があるのでな。それに―」 リグレットの顔にふと、冷ややかな笑みが浮かんだ。対照的にその瞬間、何かに気付いたの顔から微笑が打ち消された。 「―目的の導師の所には、既にラルゴが向かった所だ」 「な…!!」 艦内に視線を注ぎながら呟かれた言葉に、が瞠目する。六神将が一人、黒獅子ラルゴ。魔物が襲撃してきた時点で魔物使いであるアリエッタの存在があることは容易に予測できた。だが、まさか彼までが送り込まれていたとは。 だん、と梯子を飛び降りて艦内への階段へと駆け出したの背が見えなくなるとリグレットが踵を返し、歩き出す。 「これで幾分か、ブリッジの占拠は手間が省けるだろう」 「…」 「…―アッシュ?」 「!いや、何でもない」 思案げな表情で、アッシュは自分の剣を鞘に収めた。 「(しまった…!)」 油断していたという訳ではない。だが甘かった。後悔しても、もう遅いのだが。>侵入してきたオラクル騎士団の兵士達には目も暮れず、は廊下を駆け抜けると最奥の住居区への扉を音を立てて開け放った。 殆ど突っ込むような勢いでその先に踏み込むと、まず鼓膜を叩いたのは先程も聞いた鋭利な金属音。 「!…!」 壁に張り付いたまま凍りついているルーク、そして目の前に佇む大きな影。ラルゴだ。その手に握られている大鎌の向こうには、青い軍服と金色の長髪を先頭にアニス、イオン、ティアの姿が垣間見えた。 「おや、いい所に、来てくださいましたね」 「―大佐!…?!」 瞬間、何かの異変があった事をは悟る。その場に残っている、封印術(アンチフォンスロット)の残滓。そして何より、彼を取り巻く音素が変容している。 まさか、と思った時、武器を交えて拮抗し、佇んでいた影がを振り返った。 「…だと?」 蓬髪すら力強さを感じさせるラルゴの荘厳な表情がの姿を捉えた瞬間、驚愕の色に染まった。 「お前は…!『第七の瞳〈セブンスアイズ〉』! …やはり生きていたのか!?」 その言葉に、荘厳な面構えを睨みつけていたは口端をつり上げた。 「その言い方はないんじゃない?こっちは死に物狂いで生き延びたってのに」 祝って欲しいくらいだわ、という呟きに対し、ラルゴは大鎌を構えたその体勢のまま驚愕を苦笑に塗り替えると言う。 「死に物狂い、か。…くくっ」 まるで人外のものを見るような眼で見られ、は不快そうに眉を潜めた。 「何よ…―っていうか、あなた…封印術、使ったでしょう!?」 「ほぉ、やはり分かるのか。貴様の異能の力は総長から聞いている。…全ての音素を視認する力、『解析視覚』」 「!」 「解析視覚…?」 「なに、それぇ!?」 ルークが復唱し、首を傾げる。しかし首を傾げたのはティアもアニスも同じであった。アニスに関しては、と長い間一緒にいながら聞いたことも無い単語が出た事に狼狽の表情を隠しきれずにいる。 ただ、ジェイドだけはその言葉に聞き覚えがあった。いや、彼だけではない。イオンも、恐らく知っているのだろう。先程から表情には微塵の変化も見られない。冷静と沈黙を守り続けている。 「(『解析視覚』…まさか)」 ジェイドの目に映るラルゴには、ルークと背後に対して明らかなスキが生まれ始めていた。しかし、交えた槍に力を込める一方で思考力も一人でにその根を広めていく。 『解析視覚』 普通、音素はヒトの眼には映らないもの。元素と並び、物質を構成するものであり、この世界の"全て"だ。それを第七音素を使って視認し、"解析"する力。空気の流れや気配の変化を読み、戦場では敵国側の譜術発動を場所と陣の広さも含めて一瞬で察知する事ができる。 その点で納得できるのは、チーグルの森での一件だ。にはあの時、本当に視えていたのだろう。クイーンの放つ雷鳴が何処で炸裂するか。だからルークとティアに的確で完璧な回避の指示を出す事ができたのだ。マルクト軍部内で、「兵士を生かす戦術の使い手」と密かな話題を呼んでいたのも恐らくこの能力が起因していると考えて間違いないだろう。 そして、『解析視覚』の力が影響を及ぼす範囲は、その程度に留まる代物では無い。役立つのは戦場だけでなく、さらには人を構成する細胞中の音素なども読み取る事ができるため、使いようによっては病人の悪い所まで調べることが出来るという。 もちろん、殆ど研究所の分厚い蔵書の中から得た知識なのだが、ジェイドは過去に一人だけ、その力を持つ者を見た事がある。それが誰であったかと、そこまで考えた所でその思考をラルゴの低音の声が遮った。 「あの様な力を持っていながら、モースの奇襲攻撃などで死ぬ筈がなかろう。総長も、貴様が生きている事はとうの昔から確信していたがな」 「…―」 黙り込んでいたが再び唇を開こうとした。が、突如ラルゴの大鎌が鈍い金属音と共に弾かれ、 「ミュウ、第五音素を上に―!」 「はいですの!!」 「!?」 考えるのは一先ず後回しにせざるを得ない。今はこの事態をどうにかして打開しなければ。 ジェイドの声に自分が隙を生んでいた事に気付いたラルゴが背後を振り返る。その瞬間、寸分の狂いも無いタイミングでミュウの炎を受けた天井の照明譜石がパリン、と音を立てて破裂した。破裂によって光が発する直前、ジェイドの視界の端、巨体の向こう側で"ナイスタイミング!"と言わんばかりに笑みを浮べているの姿が垣間見えた。突き刺す様な発光が降り注ぎ、黒獅子の巨体の視界を真っ白に染め上げる。 「ぐっ…――」 眼が眩み、呻き声を漏らしたラルゴに事態収拾の機を見出したジェイドがすかさず、 「アニス!イオン様を!!!落ち合う場所は――解かりますね!?」 「はい!」 それまでルークに縋り付いていたアニスが比べようも無いくらい芯の通った返事をし、素早くイオンの手を取って駆け出した。様は、この一瞬の隙を創り出す事ができればよかったのだ。 立ち尽くす巨体の脇を駆け抜ける隙を。 「!」 「早く!行くわよ!!」 既に二人と共に駆け出す準備は万端のが呼び掛ける。だが、 「く…行かせるか!!」 「!!」 久々に背筋に悪寒が走った。二人がラルゴの横を駆け抜ける瞬間だ。思いの他立ち直りの早い巨体が機敏な動きで大鎌を振り翳す。振り向きはしないものの、背後の気配を読んだアニスが青ざめた。背後でジェイドが槍を構えたが、ほんの一瞬、間に合わない。 刹那、一筋の細い閃が、駆ける二人とすれ違っていた。振り翳された大鎌の刃の中心部にソレが触れた瞬間。 バキンッ 「なっ!?」 事態の急変にラルゴが絶句する。鎌の刃は中心から砕かれ、鉄の破片が空に舞った。破片が雨のように床に降り注ぐ中、何が起こったのか目で追い通せたジェイドと利き手を斜めに振り上げ、逆の手で殻になった短刀の鞘を握り締めているの視線がぶつかった。 橙色の瞳が、語っている。 ―――止めを 「!」 ジェイドが槍を握る手に力を込め、巨体の懐に踏み込んだ。扉の元に辿り着いた二人とが甲板へ向けて、駆け出す。その三人の背後で、鋭利な槍の矛先が容赦なく巨体を貫いた。 憂いの瞳-9 end |