月はイフリートリデーカン。天気は快晴、季節は夏の真っ最中である。
ケセドニアはまさに猛暑と言うべき気候に見舞われていた。
街に到着後、半日の暇を持て余していたは降り注ぐ紫外線の雨から逃れる様に
部屋を取った宿のロビーのソファで、


「…あっつ―…」


バテていた。
















暑夏に氷の口付けを













服を着崩し、素足になってソファに横になりかけた体勢のまま
あまり期待のできない爽やかな風を待ち続けている。

建物の中という事で外よりかは幾分か暑さはマシだ。
だが、それでも気温三十度は下らないであろう熱気が
の身体から魔物よりも遥かに効率よく体力を奪っていく。
今外に出たら確実に干からびる。カラッカラに。


と、突如―




「―…っつ、冷たっ!!?」





右頬迸った鋭い冷気に驚いて見上げると
その先で、は透けたグラスと微笑みを見つけた。




「あなたの天敵は魔物ではなく、どうやらこの暑さの様ですね」





トレードマークの一つとも言える軍服の青い上着を身に着けていない、
中の白いラインの入った紺色の軍服のみの彼の出立ちは珍しく、妙に新鮮に感じられた。
但し、この猛暑の中でも持ち前の涼しい笑顔は相変らずだが。




「ジェイド…」

「こちらまで暑くなってきそうな顔ですね、…良かったらどうぞ」
「…ほっとけ…あ、どうも」




差し出されたグラスを受け取ると
氷がぶつかり合う涼しげな音が辺りを漂う熱気の中に広がった。
手の平に伝わる氷の冷たさが心地良く、一瞬暑さを忘れてグラスを口に運ぶ。




「…美味しい…柑橘系?」




っていうか、どこから調達して来たんだ。
と言葉にならない問いが脳裏を駆け巡るが、
ジェイドはそれすら聞こえていたかの様にの問いに答えていく。




「ここのオーナーのサービスで、エンゲーブ産のオレンジを搾ったものだそうです」

「…。…へぇ〜気が利く良い宿で良かったじゃない」



そう返す合間にものグラスのジュースはどんどん減っていき、
気付けばいつの間にか隣りに腰掛けていたジェイドのグラスに
残っている量の半分程しかなくなっていた。



「本当はルーク達の分も用意してあったんですがね」
「?皆いないの?」
「丁度"暗闇の夢"が公演に来ている様でして、
 ルークがガイ達に見に行きたいと駄々をこねているのを見ましたよ」




暗闇の夢というと、オールドラント中でそれなりに名の通ったサーカス団だ。
サーカス団の公演というと、場所はテントの様な所。
…混み合ったテントを想像するだけで熱い。




「熱い中よくやるもんだわ―…」




サーカスも見所はあると思うのだが、今のこの暑さではパスだ。
口内にオレンジジュースを流し込みながら
は大きな歓声で包まれる会場を想像するに留めた。



「ということで、仕方ないので余った分は"利用"させていただきました」
「利用?」




首を傾げたにジェイドはグラスの中、
正確にはジュースの中で泳ぐ氷を指して微笑んだ。



「この氷…色が……あ、もしかして」



少しずつだが確実に氷は溶けている。筈なのに
少しもジュースが薄まらないと思ったら、
氷もオレンジジュースを凍らせたものだったのだ。

だが、それはそれで新たな疑問が浮かんでくる。
ジュースを早々に飲み終えたが今度は氷を口に含みながら言った。



「でも、どうやって凍らせたの?」



ここは気温三十度の砂漠地帯だ。
そう簡単にものを凍らせたり冷やしたり出来るものだろうか。
考えてみれば、ジェイドが持ってきたジュースが
冷えていたというのも不思議に思えてくる。

そんな疑問を一掃するかの様に、




「私の職種をご存知ありませんか?」




ジェイドは呟いた。








「職?…大佐…?…譜術士―――あ。」
まさか、譜術で…





「ご名答です♪」
「…」






そんな事に譜術を使うなんて、と半ば呆れながらも
の顔には自然と笑みが零れる。







「でも…流石ね」








「熱そうな顔も治った様で、安心しましたw」
「っ!熱そうで悪かったわね、
 もー無くなっちゃったから、熱そうな顔に戻るのも時間の問題よ」






氷まで完食してしまい、全くの空になったグラスを
テーブルの上に置くとは背伸びをした。

「ん――――――っ…はぁーぁ…」

心なしか、初めの頃の暑さは無くなった気がする。
氷のおかげか、と思った瞬間。
隣で静止していた気配が、動いた。







「!?―ちょっ、と!」







突如腕を掴まれ、引き寄せられる。
その手に持っていた筈の彼のグラスはいつの間にか
卓上ののグラスの隣に並んでおり、
気が抜け切っていたために抵抗しそびれた
いとも簡単に彼の接近を許してしまった。

場所を考えなさい、と言っても到底抑えられる訳も無く、
何たる不覚、と思ってみても、もう遅い。

何故か一切の言葉を発しないジェイドはただ薄い微笑みを浮べたまま
の肩を抱き寄せると、上から覆い被さる様に静かに唇を重ねる。
見た目通り涼しげなジェイドに対して、
自分の体温が一気に上昇し、体が熱くなったのが分かる。

そして、触れ合っている唇を抉じ開けて侵入してきたのは
生暖かいものばかりではなかった。






「…――ん…っ!?」






思わず目を見開いたの口内に流れ込んできたのは、
ひんやりとした――氷。

ふっと唇が離れたかと思うと、ジェイドはを抱き締める。
こうして抱き締められる度、
それに応えるように背中に腕を回してやると
彼は見た事無いくらい安らいだ表情で瞳を閉じるのだ。

もはや熱いのか涼しいのか判別がつかなくなっているが、
さっきまで残っていた氷はオレンジの風味だけを残し
あっという間に、呆れるほど呆気なく溶けていってしまった。

赤らめた顔を見られまいとジェイドの肩に顔を埋めると、は不機嫌そうな声色で
しかしなんとも幸せそうな笑みを浮べてたった一言、呟く。











「………温い」






end