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窓から見えるケテルブルクの夜空には静かに雪が舞っている。 暖房完備のホテルの部屋とはガラス一枚で 仕切られているがまるで別世界の様であった。 ベッドに横になっているは一息つくと、 落ち着いたまなざしで窓とは反対側、 ベッドの際に椅子を据えて座り込みを決め込んでいる存在を一瞥する。 「どうかしましたか」 鮮やかな紅い瞳と目が合うと、 その瞳の持ち主、ジェイド・カーティスはにっこりと微笑んだ。 腕組み足組み、微笑みがこれ程似合う人が他にいるだろうか。 多分、中々は見つからないだろう、と思う。 ジェイドの笑みに、は後退った。 「…あの…」 「なんです?」 「い…いつまでそこに…?」 「無論、あなたが眠りにつくまでです。」 何故そんな分かりきった事を聞くのか、 と言わんばかりの目をして微笑み続けている。 「え"っ…」 一瞬、引いた筈の頭痛が蘇り、背筋に寒気が走った。 表情は確かに笑顔だが、 その後ろに何かの気配が潜んでいる気がしてならない。 どす黒い、何かが。 「ま、まじですか…」 「私はいつでもマジですよ。…何か問題でも?」 「いや…何か威圧されてるみたいで余計に… 気になるっていうか…眠れないというか…」 「あぁ、それは失礼─」 「いや、えっと、、風邪が移ったら大変…ですし…」 素直に引き下がってくれるのかと思いきや、 再びその秀麗な面差しに笑みが咲く。 「──しかし、こちらとしても病人に勝手に起き出されては困りますからね」 「…ぅ」 思わず顔を背けたが、図星なのはバレバレである。 悔しい程に、見透かされている。 「ですから、私の事はどうぞお気になさらずに。 美しい置物とでも思っていて下さいw」 「…(美しいって…)」 置物がこんな異様な気配を放っていたら怖い、 とは口にはしなかったが(できなかったが) には目の前の笑みの奥に潜んでいるものが 何なのか、何となくわかってきた。 「………大佐」 「何ですか?w」 病による関節痛を堪え、腕を付いて起き上がると恐る恐る表情を伺いながら呟く。 「……もしかして、怒ってる…?」 その言葉に、ジェイドは笑みを浮かべたまま目を細めた。 の火照った顔を一瞥し首を傾げると、 「いやですねぇ、そんな事…」 「そ、そう…ですよね、そんな事─」 「聞くまでもないでしょう」 「…」 a cold remedy 声のトーンが明らかに下がった一言に、は思わず押し黙った。 穴があったら入りたいというのはまさに今の気分の事を言うのだろう。 ジェイドは声のトーンを落としたまま続ける。 「…私が診る限り、風邪は風邪でもあなたのそれは、 蓄積された疲労が一因しているように思えます」 「……」 「…あなたは、もっと自己管理の出来る方だと思っていたんですがね、今までは」 一言一言が痛い。 恐ろしさのあまり目を合わせていられなくなったは視線を外し 膝の上で組んだ両掌の人差し指同士を付き合わせながら一言漏らす。 「ぅー…見損なわれたって事ね」 その様子を眺めながらジェイドは呆れた様に溜息をついた。 「野宿の時も皆さんと見張り番を代わってあげてばかりで 休まないからこういう事になるんですよ」 「…。…?何で大佐が知ってるんですか」 仲間達と見張り番を代わってやっていたのは事実。 だが、皆が寝静まったのを見計らってこっそり、 しかも内密に代わっていたから誰も知る筈は無いと思っていたのだが。 目の前の彼は、まるで初めから全て見ていたかの様に語る。 「私が気付かないとでも? あなたの性格と目の下のクマを見れば分かります。 最近の戦闘でも動きが鈍っているようでしたし… それに、見た目だけで人が寝てると判断してはいけませんよ」 「…」 返す言葉のないは居心地悪そうにみじろぎした。 「まぁ…とりあえず治るまではこの部屋から… いえ、布団から出てはいけません」 「えっ、いや、熱さえ下がれば─」 「」 「…」 冷ややかな視線に、は弱々しく黙り込んだ。 これ以上口答えするのは、危険だ。色んな意味で。 「私は今から医者の所へ行って薬を処方してもらってきます。 その間くらい、大人しくしておいて下さい」 スッと椅子から立ち上がると腕を伸ばし、の頭を無造作に撫でる。 「…分かりま――ちょっ…な、何す─―!」 「良い子にしてて下さいよ?」 「〜!!」 完全に子供扱いである。 憤怒の色を濃くしたを尻目に、 ジェイドは薄い微笑みを浮かべて部屋を後にした。 後に残されたはと言うと、乱れた髪を整えようと手を上げたが。 「っ〜畜生…」 余程腹が立ったのか布団を頭から被ると悶える様に蹲った。 引いていた頭痛が蘇り、 悔しさと情けなさが二重に重なってにのし掛かっている。 確かに、無理はしていたのだろう。 そのせいで倒れ、皆にも迷惑をかけてしまった。 だが、これはあんまりな扱いではないか。 とは布団から顔を出して扉を見つめる。 「…医者くらい、自分で行けるわ…!」 ジェイドの、自分の子供を看る様な眼が、真剣に腹立たしく思えた。 そして、何処かで辛かった。 ばっと布団を剥し、ふらつく足を奮い立たせて上着を羽織ると、 扉の方へゆっくりと歩き出す。 ドアノブを握り、扉を押し開けると、眼下に小さな影が見えた。 「─ミュウ?」 大きな袋状の耳が揺れ、振り返った小さな青い生き物が を見て飛び上がって叫んだ。 「!!さん、出て来てはダメですの!戻ってくださいですの〜!」 全力でを足止めしようと跳ね回るミュウに、は怪訝な顔をした。 「私は……ていうか、何故あなたがここに…」 ミュウがルークと一緒にいないのは珍しい。 一体何がどうなっているのか、膝を折ってしゃがみ込み 小さな獣の姿を眺めながら考えあぐねているを ミュウは部屋の中に戻そうと必死になっている。 「みゅうぅ〜、お願いですの! 戻らないと、ジェイドさんに怒られてしまうですの…」 「!」 大きな耳を垂れ、を見上げるミュウ。 ──ミュウ、ちょっと良いですか? ミュウの脳裏では、ついさっきルークの元へ戻る途中で、 たまたま通りかかった自分に見張り番を頼んだジェイドの声と 眩しい微笑みがひたすらリピートされていた。 その微笑みが暗に言っていた。 ─裏切ったら即食料扱いにしますよ、と。 大人しくしていろ、 と言っておきながらちゃっかり見張り番をつけるとは 素直に従う訳が無い事を確信しているからなのか。 抜け目のなさに半ば呆れながら、は頭を抱えたくなった。 「…そう言われても……私は大丈夫だから」 それに、甘やかされるのは大嫌いだ。 「でも、ジェイドさん、心配してたですの…」 「そもそもそこがおかしい! 大佐も普通なら自分の足で何とかしろって 言いそうなものなのに…何で─」 腕組、金髪、眼鏡、毒舌は似合っても、 心配という言葉は似合いそうにもないと思うのだが。 もしかすると心配しているのは病人の身ではなく、 恐ろしい程シビアで合理的なジェイドの事、 団体行動に支障をきたすのでは、という“心配”なのかも知れない。 と自問していたに、ミュウが思いがけない言葉を口にした。 「ジェイドさんは、さんが大切ですの!」 「─…そんな馬鹿な。」 大切、こそジェイドの頭の中にはなさそうな言葉である。 あくまでもが個人的に抱いているジェイドの印象から 判断した結果に限っての話だが。 瞬時に全否定されたミュウは、その返事の早さに驚いた。 「ほ、本当ですの! さんが倒れた時、ジェイドさんがさんを運んだですの」 「…まぁ、それは…大佐が一番背が高いし… 私なんて丸太みたく小脇に抱えられるでしょうねぇ」 「ちなみにお姫様抱っこでしたの!」 「そんな事は言わなくて良いの!(ていうかそんな言葉どこで覚えたんだ…)」 「みゅうぅ〜、でもミュウは知ってるですの! ジェイドさん、今までずっとさんに付きっきりで看病してたですの」 「え…」 確か意識がなくなった時は昼過ぎだった筈。今はもう夜の八時を過ぎている。 「…本当に?」 「はいですの。ジェイドさん、ご飯も食べてないですの」 「…」 人のために飯を抜くような奴だっただろうか。 は段々、ジェイド・カーティスという人間がわからなくなってきた。 ただ、今ここに何故か嬉しくなっている自分がいる事はわかる。 情けないが、結局はあの謀略家に振り回されているらしい。 「…──分かった、戻る。大人しくしてるから。 だからミュウも見張りはもういいからルークの所に帰んなさい、 とばっちり食らって散々だったでしょ、ごめんね」 目覚めてから初めて、の顔から笑みが零れた。 「さん何だか元気になったですの、良かったですの〜!」 「最初っから元気よ〜?」 実を言うとまだ体のだるさは残っているが、 頭痛も治まり、ふらついていた足取りも少し軽くなった気がする。 ミュウの小さな体を抱き上げ微笑みかけていた、その時だ。 エレベーターの開く音がして、曲線状の廊下から人影が現れた。 青い軍服に長い金髪、眼鏡の奥の真っ赤な瞳。 とミュウの姿を目にした途端、その人物の唇から溜息が漏れた。 「!!…全く、大人しくしていなさいと言ったのに… ――見張り番の選出も間違えてしまったようですね」 「みゅ、みゅう〜っ!!」 一瞬垣間見えた冷えた瞳に怯えたミュウをなだめながら は落ち着いた面持ちでジェイドの方を向き、小さく笑んだ。 「ジェイド、からかっちゃ駄目」 「おや、珍しい」 頼んでもは中々ジェイドの事を「大佐」と呼ぶのをやめようとしない。 だから、珍しい、と呟いたのだろうか。 「…。…ミュウを巻き込んじゃ可哀想でしょう?」 主人の所に戻りなさい、と囁きかけ抱えていたミュウを床に下ろした。 「さん、お大事にしてくださいですの〜!」 「うん、ありがとね」 ちょこちょこと可愛らしい小股歩きで 廊下の奥に消えていったミュウを見送った後、 改めて二人は向き合った。 ジェイドの手には小さな白い紙袋が握られている。 その袋の角を人差し指と親指で摘み、顔の高さに掲げると 口元をつり上げ薄い笑みを浮べて言った。 「あなたがもっと素直な人なら、誰も巻き込まずに済むんですがねぇ」 「あなただって素直じゃないってよく言われてるじゃない」 まだ疲弊感が残っているとはいえ は見違える程冷静さを取り戻している。 鋭く言い返すと、ジェイドは軽く驚いた様だった。 「……ま、床に這いつくばってなくて良かったです。 薬も飲まなければいけませんし、とりあえず部屋に入りましょう」 ドアノブを先制して握ったジェイドを、が引き止める。 「―ぁ、大佐」 「…なんです?」 一瞬残念そうな顔をした様に見えたのは、気のせいという事にしておこう。 「夕食、食べてないんでしょう?その、、ミュウが色々教えてくれて…」 「……」 何にも見てない様に見えてミュウは色々なものを目撃している。 記憶力もそれなりで、密かに侮り難い存在だとは思っていたが。 「手間ばかり掛けさせてしまって…ごめんなさい。 私、もうちゃんと大人しくしてる。だから今からでも―――」 「やはり、ミュウを見張り役にしたのは間違いでしたね」 ドアノブを捻りながらジェイドがの言葉を遮った。 「え?」 「その心配はいりません、 ここに戻ってくる途中でルームサービスを頼んでおきましたから」 「そ、そうなんですか」 「薬を飲むにも何か食べなければなりませんし。 私の分もついでに、ね」 部屋の中に押し込まれながら、はただ一言呟く。 「…本当に、大佐って抜け目ないですね…」 「そうでもないんですがねぇ…」 「え?」 「いえいえ、何でもないです」 ミュウから詳細を聞いたというの様子を見ていると、 どうやらミュウは彼女が倒れた直後の、 一番“重要”な所は見聞きしていなかった事が分かる。 『に、もしもの事があったら―――』 運悪くそれを聞いてしまった仲間達は幾つもの譜陣を従えた譜術士の冷笑を前にし、 命の保障を最優先にするため口を噤んでいることを誓った。 いや、誓わされた。 「大佐、何一人で笑ってるんですか」 「ぁ、いえ、何でもありません。それよりも この薬、相当苦いらしいですよ〜?」 「えぇ…まさかワザと苦い薬を…」 「頑張って飲みましょう♪何なら、飲ませて差し上げましょうか?w」 「〜何言ってんですか!!…でも――」 「?」 「…なんでもないでーす」 ――偶然手に入れた別の“クスリ”は、既に効き目ばっちりなんですけどね こんな調子だったが、の病気は翌日には随分良くなったらしい。 薬のおかげか、それとも… end |