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静かな空間に本のページをめくる音だけが僅かに響いている。 窓の外の夕暮れの過ぎた街には光が灯り、 夜空には低く浮かぶ満月。 部屋着である黒い長袖のワンピースに身を包み 窓際のベッドにうつ伏せに寝転がっている女性、は そんな景色には見向きもせず読書に集中していた。 今回立ち寄った宿は値段も安くたまたま空き部屋数が多かったため 一行にしては珍しく一人一部屋が実現したのだ。 それは、 旅を共にする仲間達が各々の趣味に没頭できる、数少ない機会。 が更に分厚い本のページをめくろうとした瞬間 ガチャリ、と突然、部屋の扉が開かれた。 だが特には驚くわけでもなく、ましてや振り返ろうともしない。 ただ、一言。 「・・・・・・ノックぐらいしたら?紳士なんでしょ」 不躾に言ったの背後で、溜息が漏れた。 「この時間に鍵を開けっ放しにしているのも、どうかと思いますがね」 一瞬だけその微笑を、が振り返った。 忌むべき紅に手向けの愛を 向き直ったきり、再び読書に専念し始めたの背を ジェイドは少しの間その場で眺めていたが、 振り返る気配が無いのを察すると同時に歩みを進め始める。 ヘッドランプのみで本を読むのは少々目に悪い気もしたが 実際、ベッドの傍まで歩み寄ってみると 窓から差し込んでくる月光のせいか、それほど暗くは無い。 「座りますよ」 「お好きにどうぞ」 ジェイドがベッドに腰掛けると ぎしっとベッドが軋む僅かな音だけが空間に響く。 その体勢のままちらりとの後姿を一瞥し 無言で手を伸ばすと、女の美しい長髪に触れた。 しかし、撫でたり毛先を弄んだりとやってはみるが 普段ならリアクションの返る筈のの態度は相変らずのまま。 あまりにも自分の行動に無頓着な彼女の態度に 流石のジェイドも唇を引き結んだ。 さらさらと触り心地の良い髪を尚も指先で梳きながら、 策略家は珍しく本心を吐露する。 「・・・・・・つれないですねぇ」 ぴくりとの肩が動いたように見えた。 「・・・今、良い所だからさ」 「はいはい」 声色に含まれた意図は察した様だが、やはり振り返ろうとはしない。 その代わり、 「・・・貴方も読んでみる?このシリーズ面白いわよ」 後ろ手に手渡された、分厚い本。 期待はしてみたがもちろん、欲しい言葉では無い。 心の奥底で、ジェイドは落胆した。 「・・・・・・今は遠慮しておきま―」 「そういわずに、、案外ハマるかもよ?」 「・・・・・・」 策略家、二度目の脱力。 一瞬、自分の部屋に帰ろうかと脳裏によぎるが、 何か納得がいかないのでそれはパスだ。 ここで帰っては自分はこの紙の束に負けている事を認める事になる。 意外な所で自分のプライドの高さを自覚させられつつ 本の表紙を見つめていたジェイドは無関心にその表紙をめくった。 驚かすつもりでもなかったが、 ふと腰掛けた体勢のまま上半身を後ろに倒すと 丁度の腰の上に頭が乗る。 「おや、こんな所に良い枕が」 「ぁー、はいはい」 腰にさっきまでは無かった重みを感じるが、 特に除去しなければならない程気にはならない。 さらりと受け流すと、はページをめくった。 そんなに面白い本なのかとジェイドもぱらぱらとページをめくりながら 何気なく視線を持ち上げた、その時だった。 それが視界に現れたのは。 「・・・今夜は、月が紅いですね」 「―――、そう?」 そこでやっとの目が本から離れる。 不思議な満足感が、ジェイドの心に芽生えた。 夜空に浮かぶ月は、いつもの銀白色ではなかった。 鮮やかな、血のような、赤。 降り注ぐ月光もランプの光の色で紛れて分からなかったが よく見れば薄っすらと赤い事に気付く。 仕組みがまだはっきりとは分かっていないから尚更か、 時折月が見せる異常な姿にの好奇心は即座に飛躍した。 「・・・本当ね」 視線を窓の外の月に固定したまま、が感嘆の声をあげる。 一方で一時の満足感を得たジェイドは今度は一人、双眸を細めていた。 「・・・不気味、だと思いませんか」 降って湧いた様なその言葉に、は首を傾げると 「?・・・何故?」 何故不気味だと思うの、と聞き返す。 「何故って、、普通と違うものは 異端の目で見られるものでしょう」 ――――特に、あの色。 と付け足した呟きは、誰にも聞こえやしなかったが。 は少し考え込むような仕草をしていたが すぐに顔を上げ、再び月を見上げると、 「まぁ、・・・それは、そうかもしれないけど。他の人はさておき、私は・・・ ・・・綺麗だと思うわ」 小さく微笑んだ。 欲しかった言葉など元からなかった、否、解からなかった筈なのに 彼はその瞬間、それを聞いた気がした。 「!・・・そう、ですか」 安堵に近い表情を垣間見せたジェイドは敢えてから、 自分の恋人から視線を外すと、 惜しみなく心を込めた声で呼ぶ。 「」 「?」 「やっぱり好きです」 彼は、 その言葉が、彼女が密かに待っていた言葉だったとは知らない。 「・・・何よ急に」 恥ずかしさを紛らわす様に 互いが、読んでもいない本のページをめくった。 end |