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「へ、陛下・・・!」 がたん、と勢いよく立ち上がっただが 緊張のあまり頭が真っ白になり、 どうしていいかわからずその場に凍りついた。 だが当の本人、マルクト帝国現皇帝 ピオニー・ウパラ・マルクト九世なる人物は 部屋の入り口で少しの間困ったように頭を掻いていたが やがて、 「ま、いいか」 そう呟いた。 「・・・は?」 公設秘書? 陛下来訪編 "ま、いいか"・・・? 一国の長のこの言葉遣いには尚の事困惑してしまう。 皇帝というともっと威厳のある言葉遣いで、 周りに何人もお偉いさんを連れていて・・・ そんな風なものかと思っていたのだが。 現実はどうだ。 この砕けた口調に、しかも連れているのは兵士などではない。 「(ブ、ブウサギ・・・)」 大きな体躯の足元に纏いつくようにじゃれている 二匹のブウサギ。 そういえば陛下がブウサギを飼っている というのは聞いたことがある、気がする。 困惑しているの様子など全く気にすることなく、 ずかずかと執務室に(ブウサギを連れて)踏み込んできたピオニーは、 そしての顔を物珍しげに覗きこむ。 「・・・お前がジェイドの新しい副官だな?」 まじまじと眺められ、は一瞬たじろいだ。 「は、はい、そうです、・と申し――」 「ふーん、あいつも中々・・・」 ふっと浮かんだ笑みに、何故か威圧感を感じる。 更に突き詰めてみると この類の微笑み、どこかで見た事がある。確実に。 「(聞いてないし!)あいつ・・・?」 話の流れからジェイドの事を言っているというのは何となく解かるが あいつ、と呼ぶ程親しい仲だったとは、全く知らなかった。 「しばらく邪魔するぞ」 「え、あ、はい・・・」 皇帝は宮殿にいるのが普通ではないのか、とは 問わせてくれる気はないらしい。 来客用に置かれているソファに豪快に腰掛けると 穏やかな笑みを浮べてブウサギを一匹抱き上げた。 「・・・はっ、書類・・・!」 「・・・」 一瞬忘れていたが、まだ仕事が残っている。 ふと我に返り 先ほど風で飛ばされた書類達を拾い始めたを見、 ピオニーは無言でソファに深々と降ろしていた腰を再び浮かせると ブウサギを抱えたまま散らばった書類に手を伸ばした。 「・・・多分これで全部だ」 「す、すみません!手伝わせてしまって・・・」 「いいさ、ジェイドのやつ、 こういうの失くすといつも以上にちくちく煩いからな」 溜息交じりで、半ば呆れた様に言ったピオニーの言葉に は思わず笑みを零してしまう。 「どうした?」 「いえ、、陛下は、大佐の事をよくご存知なんですね」 あぁ、と相槌を打ったピオニーは その顔に同じく笑みを滲ませながらソファに腰掛けた。 「ご存知も何も、幼馴染だからな」 「!そうなんですか!?」 「あいつは昔っから―――」 今日は驚く事ばかりだ。 自分の地位では口を聞く事も叶わない、まして ぶちまけた書類を拾うのを手伝ってもらう事など言語道断の筈の人物と こうして話をする事になろうとは。 思っていた人物柄とは全く違っていたが には、こんな大雑把な皇帝がいても良いと思えた。 人をひきつける何か暖かいものを持っている。 だから国民からも多くの支持を受けているのだろう。 そして何より、自分の上官が普通の"凄い"レベルの人間ではない無い事、 自分がジェイドの対して抱いていたイメージは所々違っていたという事を はピオニーの話を聞きながらこれでもかという程思い知らされたのだった。 そうして時計の針が夕刻、退勤時間を指す頃。 「・・・?・・・」 眼鏡の位置を直し、思わず首を傾げると金髪が僅かに揺れた。 会議を終えて、自分の執務室の前まで帰ってきた ジェイドの耳に聞こえてきたのは、副官の笑い声とあともう一人の声。 思いつく人物は一人しかいないのだが。 扉の前で突っ立っていたが溜息を一つついた後、 何の躊躇も無くドアノブを握った。 「チェックメイト」 黒のキャスリングが決まってから四手。 ふわりと微笑み、そういったのは。 テーブルとチェス盤を挟んで向かい合っている二人。 各々の膝の上にはすっかり寛いだ様子のブウサギ。 「・・・!あぁあーっ!またかぁあ!!」 「陛下、ここでビショップを――」 黒と白のマス目の上に広がる戦略の跡、 主導権を握っていた筈なのに一気に形勢逆転され 知らぬ間にキングを囲まれていたピオニーは衝撃で頭を抱えた。 どうやらチェスが趣味らしいは何とも楽しげな表情、 上官と向かい合う時の顔とはまた違った笑みで駒の進め方を説明している。 「――こうすれば何の障害も無くポーンはクイーンに、、でしょう?」 「そうか、、くっそー・・・中々やるな、お前」 「いえいえ、そんな―」 「なぁ、もう一勝負―・・・・・・・・・あ。」 応接用のテーブルに両手をつき、 身を乗り出して言いかけたピオニーは しかし突然口ごもった。 扉の方を見て。 「・・・・・・・・・。」 「?どうされました・・・?・・・・・・あ、大佐!」 同じようにその方向を向いたは入ってきた人物を見て 膝の上のブウサギをそっと脇に退けると即座にソファから立ち上がる。 一瞬のしかめっ面を見たのはどうやらピオニーだけだったご様子。 「お疲れ様です」 笑顔で歩み寄ってきたに、ジェイドも薄く微笑んだ。 「思ったより会議が長引いてしまって―・・・ 仕事の速いあなたには少々退屈な時間を強いてしまったかと思いましたが、 ・・・どうやら、そんな事も無かった様ですね」 遠目にチェス盤を眺めながら言うジェイドに、 は何故か気まずそうに苦笑いを浮べる。 「え、あ、あぁ・・・、あ、一応言っときますけど 全部仕事終わらせてありますので」 「分かってますよ。では、さっきの勢いでこれもお願いします」 小脇に抱えていた封筒を手渡すと、の横を通り過ぎ 自分のデスクに向かって歩き出した。 ソファから降りて床で寛いでいたブウサギが 慌ててその進路から離れ、ピオニーの足元に駆け込む。 何処か、刺々しい。 と思いながらも 「――ぁ、大佐、」 その背に、自分の席につきながらが声を掛けた。 「何です?」 振り返るとやはりその端整な顔立ちには微笑みが浮かんでいるのだが。 「そういえば、陛下は大佐に御用があって―」 「あぁ、そうでしたか」 陛下?とジェイドがピオニーを振り返ると、 「・・・いや、俺は今度で良い」 そんな大した用事でもないしな、と呟くと 立ち上がって、いつの間に片付けたのか分からないチェス盤を棚に戻した。 「そろそろ家臣たちが煩いから宮殿に戻る事にする」 「本当にいいのですか?」 「いい」 ブウサギを連れて歩き出したピオニーは すれ違い様、その笑みを深くしてジェイドに呟いた。 「―――――――」 ――中々"良い"副官じゃないか 「――・・・・・・」 じゃあな、と 手を振りながら去っていったピオニーに対し、 ジェイドは深紅の瞳を一瞬見開いた後、その双眸を細め ただ、微笑を浮べた。 ピオニーが去ってしばらくしない内に 静かだった執務室にジェイドの呼ぶ声が響く。 「」 「―――はい?」 早くもペンを握り仕事に取り掛かろうとしていたため 目線を書類に向けたまま返事を返したに、 「一杯飲みに行きませんか」 ジェイドは爽やかに言った。 「はい・・・・・・。・・・?・・・ぇえ!?」 何とは無しにかけられた誘いの言葉に うっかり返事をしてしまったが次の瞬間、 勢い良く上官の方に視線を向ける。と 既にジェイドは自分のデスクを片付け始めているではないか。 「え、ほ、本気ですか?」 副官になって一週間、 飲みに誘われたのは初めてだ。 「もちろん本気ですよ、もう退勤時間は過ぎていますしね」 「いや、でもこの書類―」 「そんなもの、明日でいいでしょう」 「えぇ!?」 つい先程やれといったのは他でも無いジェイド自身だった筈なのだが、 なんの心境の変化か、それとも本当に単なる気まぐれか。 返事どころかまともな言葉すら返しあぐねているに、 ジェイドはまさに不安げな表情を滲ませると言った。 いわゆる、トドメの一言だ。 「・・・嫌なら、無理にとは言いませんが」 「慎んでご一緒させていただきます。」 「では行きましょうかw」(ニコッ) 「(早っ!)・・・はい♪」 初めて飲みに誘われた事にまず驚いたが、同時に嬉しくも思った。 その気持ちに素直に従うことは、決して悪い事では無いだろう。 ペンを置き、机上をそのままにして立ち上がったは 穏やかに微笑むと 「一杯ぐらい、奢ってくれますよね?」 「仕方ありませんねぇ」 既に扉の前に立つ上官の元に歩み寄った。 end |