"これをカーティス大佐に!"

"あの、よければこれをマルクト軍のカーティス大佐に渡して欲しいのだけれど!"

"あなたカーティス大佐の副官よね?だったらこれ、一番に大佐に渡して頂戴!"







「…………分かりました、渡しておきます」






執務室に着くまで、一体何度そう答えただろうか。
もはやそれを考える事すら、面倒に感じた。
チョコレートの甘い匂いを身に纏いながら
は塞がった両手でなんとか執務室のドアを開け放つ。


やつの顔にこの包みを全部叩きつけてやろうか。

ついでに密かに懐に忍ばせている、淡いオレンジ色の包みと共に。













甘いひとときを貴方に













ふわぁっと執務室中が一瞬にして甘い匂いに包まれる。

デスクに座って書類と睨み合っていたジェイドは
空気の変化に思わず顔を上げた。


「おや・・・これはまた何とも―」

「全部貴方宛です」


いつにもまして仏頂面をした副官は両腕に抱えていたそれらを
叩きつけるとまではいかなかったがそれはもう荒々しく
上官のデスクの上、広げられた書類の上にばさばさと置き、自分のデスクに向かった。



「・・・・・・

「なんですか」

いつもの微笑みを浮べても、は目線すら合わせようとしない。

「そんな怒らないでくださいよ、お願いですから」

「怒ってませんが」


そういえば今日は世間ではお世話になっている人や好きな人に
チョコレートや甘いものなどの贈り物をする日。
確か、バレンタインデーとかいったか。
毎年欲しがってもいないのに出勤するとデスクの上が彩った包みで一杯になっている。
先程まで今年はないかと思っていたが
どうやらそれらは全て副官の手に移っただけの様だ。

そしてそれが、彼女の機嫌を盛大に損ねている。


困った。

だが、膨れっ面の副官も中々――――。


と言うのが彼のホンネだったりもするのだが。




「今こんな所に広げられたら、仕事が出来ないでしょう」

「私は外の貴婦人や娘子達からの頼まれごとを済ませただけです。
 それから、大概サボってるクセにいつも仕事してるみたいに言わないでください」

「・・・」


鋭利な突っ込みに思わずジェイドは口を噤んだ。
今は何を言っても聞く耳を持ってくれそうにも無い。
それなりに長い間(曰く、あくまでも仕事上で)付き合って
きているのでジェイドにはの性格が手に取るように解かる。


ふっと溜息をつくとジェイドは重い腰を上げ、
デスクの上に散乱した包み達を応接様の机の上に運び始めた。

すると直後、も席を立って、といっても上官の作業を手伝う訳でも無く
包みが退けられ始めたデスクに歩み寄った。
一瞬その様子をちらりと垣間見たジェイドは、苦笑いを浮べて背を向ける。


包みの数は年々増えている気がした。
そろそろどうにかした方がいいのだろうか。来年になって
こんな事が契機で「辞めます」と言われてしまっては甲斐が無さすぎる。


ふとそんな事を脳裏によぎらせていたジェイドの背中に、の声が届く。


「この書類は珍しくもう出来てますね。会議の書類も取りに行かなければ
ならないので、ついでに事務に提出してきます」


淡々とした口調。つかつかと無機質な足音。そして


「ええ、お願いします」


ジェイドが答えたと同時に、執務室のドアは静かに閉じられた。









「・・・・・やれやれ」

包みの山が全て応接用のテーブルの上に移され
デスクの上は元の姿を取り戻した。
立ち上がった席に再び腰を下ろすと
ジェイドはデスクに頬杖をついて視線を包みの山へ向ける。

「・・・さて、あれらをどうやって処理すべきか」

実は毎年、大量に貰っているもののほどんどは全て知人に譲ったり
遊びに来たピオニー陛下が食い荒らしたりと(以外にも毒見はするらしい)
贈与してくれた貴婦人達には申し訳ないが、ジェイド本人が食べる事は殆ど無い。
というか全く無いと言っても良い程だ。


「また酒場の主人にでも引き取ってもらいますかね・・・」


今回は早めに処分した方が良さそうだ、と内心でつけたし、
次の書類を処理すべくからりと引き出しを開けた。
その時だった。




「・・・・・・・・・!」




自分が出勤してから先程までは確かに無かった筈。


引き出しの中にいつ間にやら忍び込んでいたオレンジ色の包みは、
膨れっ面で出て行ったの言葉よりも遥かに上手く紡いでくれた。
その、隠された気持ちを。





「・・・参りましたねぇ」


包みを手に取り
知らず内、呟いていた。

直後、執務室のドアがノックされる。


「おい、入るぞー?」


この声は・・・我が君主、且つ、本日は糖分狩人。ピオニーだ。


「どうぞ」

席に座ったまま、ジェイドは入って来た長身の彼を見上げた。

「お邪魔しま〜、、おー、今年も豊作だなぁ」

「ははは、お陰様で」


どれにしようかなあ、と早速包みの山を物色していたピオニーが
いくつかを手に取ってジェイドを振り返った。

「そんな乾いた笑みを浮べるなよ、世間の男共に失礼だぞ!

 ・・・お、それは?」

「え」


ピオニーの視線はジェイドの手の中の包みに注がれている。

一瞬、さぁっと自分の背が冷えた気がした。
だが、ジェイドの顔には直ぐに秀麗な微笑みが浮かぶ。

もうすぐ戻ってくるであろう副官にどんな言葉を掛けてやろうか、

そんな事を考えながら、喜々として彼は言った。




「これは・・・・駄目ですよ。私のです」









end