シャドウリデーカン・ウンディーネ・7の日。
日が沈んでしばらく経った頃―――













宿屋で夕食を済ませた一行は各々の時間を寛いでいた。




「よっし、あと一枚!俺の勝ちだな」
「残念、俺の方が先でしたー」



捨て置かれたカード達の中にハートのエースのペアが舞い落ちる。
そして満足げに微笑んだガイを、ルークが悔しげな表情で見上げた。



「あっガイ!!くっっそぉ〜」


ロビーに響く、ルークの絶叫。
「ルークはもっとポーカーフェイスを練習したほうが良いな、
 なんのカードが無いのか丸分かりだぞ」
「隠してるつもりなんだけどなー…あ〜ぁ10連敗かよ」






やんてらんねぇ、と背伸びをしなんとなく窓の外を見ると
いつもの景色と何かが違うことに気付く。






「そういえばなんか今日、人多くねぇ?」








under the star







「え?あぁ」






ルークの呟きに相槌を打ったガイが窓辺に歩み寄り、
いつもとは違った異相の街中を見渡した。
普段のこの時間なら街中の店舗は閉店し静まり返っていてもおかしくないのだが、
今日に限っては違う様子である。
街の至る所に譜石の電飾が飾られており、
晴れた星空を照らすほど街中は明るく、人の賑わいで満ちている。







「今日は、七夕だからな。そのせいだろ」
「七夕?」
「一言で言うと祭りさ、昔から伝わる伝説もあってな―――」








創生歴時代、ある異国の国王の娘とその国に住んでいた譜術士の男が結ばれた。
しかしお互いを愛するあまり、王の娘は職務を放棄し、
譜術士の男も生業であった魔物退治をやめてしまった。
それを知った国王は怒り、
どこかの大河の東にあったという元の城へ娘を連れ戻し二人を引き裂いてしまった。
しかしそれから悲しみに明け暮れ、泣き続ける二人を見た国王は流石に哀れだと思い
一年に一度だけ二人が逢う事を許したという。








「その逢う事を許された日ってのが、今日なんだ。」
「へぇ〜やっぱガイって物知りだよなぁ」






心底感心するルークに
そうでもないさ、と苦笑いで返したガイが窓辺から席に戻り、
テーブルの上で四散していたトランプのカードをまとめ始める。






「今日は、二人の願い事が叶う日、って事だから
 今も人々はこうして願い事をして祭りの様に騒いでるって訳さ」
「それで本当に叶うのか?」
「いや、それは――まぁ、ただの伝説だしな…
 なんならお前も何か願い事してみたらどうだ?」
「え、べ、別に俺は願い事なんかっ――」







と、その時ロビーに足音が響いたかと思うと、そこに第三者の気配が現れた。






「あ、ジェイド」
「旦那か、…?」






真夏の気候に流石に耐えかねたのか、
金色の長髪を後ろで一つにまとめているジェイドが二人の声に反応し、その方向を見た。
珍しいのは髪型だけではなく、
なんとなくその表情にもいつもの微笑みが見受けられない様な気がするのは何故か。







「おや、お二方…少しお尋ねしたいのですが―」







一瞬言葉に詰まったのを誤魔化すように眼鏡の位置を直しながら続けようとすると、



「?」



なら今日は屋上にいるんじゃないか?」

首を傾げたルークの代わりに、ガイが唐突に屋上を指差して言った。




「へっ?」



驚くルークに対し、




「そうですか、ありがとうございます」




目当ての情報だったのだろう、ジェイドはふっと小さく笑うと踵を返し歩き出す。
その背を見えなくなるまで眼で追いかけていたルークがガイを振り返った。




「ルーク、どうした?何か言いたげだな」
「…なんで分かったんだ?」
「?何が?」
「ジェイドはの事だって一言も言ってなかっただろ?」



確かに、それはそうなのだが。



「あぁ」



ジェイドが去っていった階段を見つめながら、
ガイはいたずらっぽく笑みを零して呟く。








「旦那が"あんな顔"してもの言うときは、いつもの事だからな――」









10歳以上年下の人間にも解かるくらい、素の表情が表に出ることなど
ジェイドに関しては皆無に等しい。
だが、だからこそ、面白いほど解かる時もある。




「あんな顔?って、どんな顔だよ」
「うーん…ルークも、その内解かる様になるさ、ははは」



というか解かるようになってもらわなきゃ困る、と内心苦笑いを浮べながら、



「え、おい!誤魔化すのかよッ!!」
「さージュース賭けてたっけな、もう一勝負やるぞ」
「おい――!!」



青年は少年に微笑みかけ、再びトランプのカードに指先を滑らせた。
























野を越え山を越え、川も海も渡る仲間達にとっては、
一軒の宿の屋根に上ることなど至極簡単なことだ。
晴れた星空と月明かりの下では闇夜とは違い、軒の外でも視界は晴れ渡っていた。



眼下の譜石電飾と賑わいは他所に、
そこはまるで星空の中にいるかの如く静寂に包まれている。
穏やかに吹き抜ける夜風をその身に受けながら、
は屋上の真ん中に立ち尽くしていた。








「…いい風」








呟く声も、空虚に溶けて消えていく。












「キレイな空…だと思うでしょう?」

















「ええ」












問いかけて振り返った先に、いつの間にか彼は立っていた。
小さく笑みを零し、再び正面に向き直ったの背を
金髪をなびかせて歩み寄ったジェイドが伸ばしたその腕で唐突に抱き寄せる。







「わっ」






「探しましたよ」







体躯の差も理解しているからか、足音から続く一連の動作に抵抗するわけでもなく
背中に触れた温もりに身を委ねるとは瞳を閉じ、笑った。









「……あなたは無理ね、きっと」



肩に巻きついた片腕に自分の手を添えると、また笑った。



「なんですか急に」
「…一年」




その単語に、あぁ、とジェイドは相槌を打つ。




「七夕でしたね、今日は」




「もし、私とジェイドが、
 一年に一度だけ逢えるという事になったら、どう?我慢できる?」






「………」












「………。」












「………」












「………ジェイド?…ちょっ――」





問い掛けるの声を無視し、
ジェイドは体勢をずらすと引き寄せたの唇に自分のそれを重ねた。
これもまた、唐突に。




初めは決して、こんな人ではなかった。なかった、筈なのだ。

冷酷過ぎるほど冷静で、合理的。出会った頃は苦手にさえ思えた。
しかし美し過ぎる程、強かった。心まで。



ただ、心から笑った顔が見たくなって、
薄い貼り付けた笑みでかわされても微笑みかけ続けた。



そうしている内、いつのまにか彼は微笑んでくれるようになっていた。
多分、心から。
それからだ。








唇を離し、ジェイドはその場に腰を下ろすと
軽く脱力したを膝の上に座らせた。
開放されたの唇から小さな溜息と呟きが漏れる。







「―あなた、出会った頃はこんなキャラじゃなかったのに」

「そうですか?」








言葉では言い表しにくいのだが。限り有る語彙力をフル活用し、表現を探した結果、







「…なんか…ヘタレになった」






挫折。






「酷いですねー」







「悪い意味じゃない…つもりなんだけど、うーん、、ごめんなさい」














初めは、こうなるとは思っていなかった。いなかった筈だ。



何度も薄笑いでやりすごしていた。
きっとこの旅が終わりを迎えた後さえも、それは変わらないだろうと思っていた。
しかし、どれだけ撥ね付けても、やりすごしても
どの微笑も、いつも本物だった。



その内、つられて笑うようになってしまっていた。
いや、敢えて自らそうし始めたのだ。
それからか。









音沙汰も無くを抱き寄せると、首筋に顔を埋めながらジェイドは呟いた。







「あなたは、相変らずですね」










今となってはこの微笑みも、
例え見えてなくてもきっと伝わっている。
そう、信じている。









「そーですか」










珍しくもジェイドの背に腕を回し、
さらさらとした触れ心地の良い金髪を指先で梳く。

ふと見上げた星空で、一筋の流星が降り注いだ。
















どうしようもない人、だと思う。
どうしようもない人だと思われている、と思う。






それでも、愛しいと想う。
それでも、愛しいと想ってくれている、
と信じている。


























「そういえば先程の答え、言ってませんでしたね」







「あ、一年待てるかって話ですよね?結局、どうなんです?」







そんなもの、今では答えは一つしかない。













「…待ちません」










訂正は見守る夜空さえ、聞くことは叶わなかった。






end