「あ〜さっぱりしたー」



風呂上り直後のみ、その天然パーマは息を潜める。腰にタオル。おっさんという代名詞がそのまま当てはまりそうな格好をして居間に姿を現したのは坂田銀時。 この万事屋の世帯主である。死んだ魚の様な眼が居間やら辺りをぐるりと見回した銀時はすぐに"その"異変に気付いた。



「アレ?新八君、神楽ちゃんとがいねーぞ」





灯の舞う夜 白夜叉篇





しかも定春までいねぇじゃねぇか。と髪を乾かしながら不思議そうに言った。居間には志村新八ただ一人のみ。その背はまっすぐテレビに向かっている。今夜はMステに江戸の歌姫、お通ちゃんが出るということでそういえば夕方から騒いでいた様な。テレビのスピーカーから聞こえてくる放送コードギリギリの歌に耳を欹てながら新八は一拍遅れて銀時の問いに答えた。



「ぁあ、さんと神楽ちゃんなら定春連れて先程出掛けましたよ。荒川の蛍を見に行くって神楽ちゃん、随分なはしゃぎ様で」
「出掛けたァ?しかも蛍見に??」



面食らったような顔をした銀時に、これだから情緒の無いおっさんは…、と新八は思わず呆れ顔を浮べる。



「はい、僕も行こうかと思ったんですが銀さんお風呂入ってるし不用心かなぁと思ったんで、あの二人も心配無用だと言ってましたし」
そんな訳でご遠慮しましたが、と言った新八にすかさず銀時が突っ込んだ。



「んな事いって実はお前そのお通ちゃんのライブが目的だったんだろ」



「・・・まぁ、ぶっちゃけそうなんですけどね!―あ!!お通ちゃぁあああん!!!」



テレビに張り付いて絶叫する新八に溜息をつきつつ、銀時はふっと一瞬考えた。そしてしばらくして再び居間に現れた銀時の服装は日中着込んでいる普段着姿。





「新八君、シャンプーがきれちまったみたいだから銀さんちょっとくら大江戸マートまでいってくるわ、留守番ヨロシク!」

「はいはーい」



夜の大江戸、煌びやかな歌舞伎町の中心街とは少し違う方向に向かって銀時はゆっくりと歩き始めた。





!!あっちの方がいっぱいいるアル!見てきていいアルか?」



水際に生えているツユクサの上を小さな光が幾つも弧を描き、舞っている。闇夜を照らす光を頼りにを振り返った神楽。少女の眼が初めて蛍を見た感動により輝いているのが何とも微笑ましい。



「あんまり遠くまで行っちゃだめよ」



川べりに腰掛けては蛍を追いかける神楽と定春の姿を母親になったような心持ちで眺めていた。



「分かったアル!行くよ、定春!!」



ワンッと定春の一声に神楽はその背に跨ると勢い良く河川敷を上流に向かい駆けていった。


まぁあの二人(いや、一人と一匹)なら大丈夫だろう。
と、一人残ったはその場に腰を下ろしたままのんびりとツユクサに留っている蛍を眺めた。周りには虫の声のみ。実に静かである。
大江戸にも、蛍がいた。こんな素晴らしい場所があったとは正直意外だ。涼しい夜風に眼を細め、感慨に浸って一息ついた。その時だ、





「おやおや??そこにいるのはもしかしなくてもさん?」



「?…―――銀時?」





聞き慣れた声に振り返ると川べりの斜面を上がった所に人影が佇んでいる。薄暗闇に眼を凝らすとそのシルエットからも直ぐに誰なのか分かった。
スーパーの袋を片手に銀時は斜面を下りながらもの珍しげに蛍に眼をやりながらからかうように言う。



「こんな所で一人で何やってんの?あれ、もしかして蛍見物?一人で蛍見物?さっみしぃ〜〜」
いかにも銀時らしい物言いに 驚いていたの顔が呆れ顔に変わった。



「む・・・あなたこそ、何してるのよ」
「あ?俺ァ、あれだ。シャンプーきれちまったから買いに来たんだよ。ホラ、お前が椿姫しか使わねぇってうるせぇから」
「・・シャンプーなら、買い置きがあった筈だけど?」
「え゛」



ビニール袋を掲げていた銀時がぎくりと石化したのを見、勝利を確信したが吹き出す。



「ぷっ・・・お馬鹿さんねぇ」
「・・・悪かったな」



結局敗けた。口頭でに勝った事など、多分指を折り数える程も無い。いい加減悟ればいいものを銀時は不服そうな表情を浮かべ、そして開き直ったように短く溜息をつくと内心次こそは、と勝利を誓う。


そんな決意を胸に秘めながら、かさかさと川べりの草むらをの元まで歩み寄り事も無げに隣に腰を下ろした。



「よっこらせ、と」
「やだ、おっさん?」
「うるせー」



「そういえば、神楽と定春はどこ行った?」
「ん?あぁ、ちょっと川上の方が一杯いるみたいでそっちに見に行ったわ。定春一緒だし、大丈夫でしょ」
って、何で一緒だって知ってんのよ、と川の向こう岸に舞う蛍の光を眺めながら言った


「新八から聞いた」
と銀時は素直に白状した。
「あぁ」
相槌を打ちながらやっぱり、とは思い当たる節を見つけ一人でに笑んだ。
なんだかんだで、心配で見に来てくれたらしい。決して口には出さないが皆を気遣い、さりげない所で優しいのが銀時の良い所。


もちろん、まさかそれ以外の意図があろうとは、自身全く感付いていないのだが。

「…ありがとう」
「は?何が?」
「…いや、シャンプー…」
「あぁ、まー別に、俺も神楽も使ってるしな」



密かなるお礼の後、会話が途切れる。さらさらと川の流れる音、虫の声、二人は空を舞う灯火の軌跡を静かに眺めた。



きれいね、と呟いた声と
あぁ、とぶっきらぼうに、穏やかに相槌を打つ声が虫の歌に溶けていく。
決して視線を交わらせない二人だったが、それでも二人の間には不思議と安らいだ空気が漂っていた。



物静かな雰囲気と美貌で江戸一番の花魁と高官の間では噂されると、ふてぶてしい上に下品でちゃんとした職にもつかず駄目なおっさんまっしぐらな銀時。 一見すると全く合いそうにない二人だが、が銀時の良い所を見出しているように互いに認め合うものがあるらしい。
に関しては実は花魁の皮を被った桂一派に属するスパイだという公には隠された秘密がある。桂がを万事屋に預けに来た当時、その意外性に銀時は"人は見た目によらない"と心底思った。





しばらく静かな雰囲気に身を浸らせていた二人だったが、半刻ほどだった頃だろうか、



「さて、そろそろ神楽ちゃんと定春迎えに行こうかな」
そっとが着物に着いた草を落としながら立ち上がる。



「・・・そうだな」



ビニール袋を忘れない様に掴むと、銀時も立ち上がり斜面を上り始めたの直ぐ後について歩き出した。



「あいつら、どこまでいったんだ?」
「さぁ…神楽ちゃん定春に乗ってったから…すごい遠くまで行ってたら…ぁっ!!」 「!!」



暗闇に加え、草むらに隠れて見えなくなっていた窪みに足が引っ掛かったらしいの体が重力に伴い傾く。すんでの所で背後にいた銀時が受け止めたので大事には至らずに済んだが。





「…お前な…」
「…びっくりした」


アホか、と罵られながら銀時の腕の中ではただ目を丸くしている。



「びっくりしたって、お前、俺がいなかったら転げ落ちてる所だから!わかってる?」


「うん・・・銀時がいてくれて良かったわ」
ありがとう、と二度目のお礼。



支えられながら体勢を立て直し銀時と向き合ったがその瞬間、何故か驚いて目を見張った。





「……銀時」

「?俺の顔に何かついてる?そんなに見つめられたら銀さん照れちゃうんですけど」

「…蛍」

「は?」





事態を飲み込めずにいる銀時にはふんわり微笑むと無言で手を伸ばし、その銀髪に触れた。


…?」

密かに銀時の心臓が跳ね上がったのは内緒のお話。



柔らかな銀髪を細い指が梳くと、その掌には小さな光が灯っていた。



「…蛍?」
「いつの間に飛んできたのかしらね」
「………」 はぁー、と大きく溜息をついた銀時を他所に、

「住処へお帰り」
と指先から蛍を夜空へと放ったの様子は先程転びそうになった人物とは別人の様な雰囲気を纏っている。


全く、振り回されっぱなしだ。



「天パが好きなのかもね、蛍って」



そんなからかう様子の言葉に銀時は気を紛らわせようと頭を掻きながら
知るか、と無愛想に返し

「さっさとガキと犬迎えにいくぞ」


さっとの手をとると斜面を歩き出した。
突然の行動に抵抗しようとはしないものの引っ張られながらは動揺した。



「…!?銀時…?」







「また転ばれちゃ敵わねぇからな」


「…………」



受け止めるこっちの身にもなってみろ、と
決して振り返ろうとせずに言った銀時の背に、







「……ありがと」



は三度目の感謝の言葉を送り、たくましい掌をぎゅっと握り返した。





end