「(あの人、いつまでいるつもりなんだろう)」



そういう自分は神羅の機密資料の24時間完全保管のために社内から適当に選出され、且つ拒否権無しでローテーションで回ってくる資料室受付当番で、今日たまたま夜番に当たっていたという話。
IDカードに記された名は、。本職は神羅の裏仕事担当のあの部署。でもそれはまた別の話。


昼番と交代する時はもう既に"あの人"はテーブル一つ陣取って何やら古そうな資料の山に埋もれていた。夕方から数時間、日付は変わって只今深夜一時。この資料室だけでなく、神羅社のビル全体が静寂に包まれている。



「…」



仕事も無く手持ち無沙汰で適当に手元に持ってきていた資料を読むのを止め、ちらりとその背を垣間見る。長身でソルジャーの服装に長い銀髪。顔は…見えない。カチコチという誰が置いたのかも分からない古時計の音と、資料や書物のページをめくる音のみが響いていた資料室に


ガタン


椅子を引く音。



「?」



立ち上がった後ろ姿が振り返り、出入り口に向かって歩いてくる。顔を見てハッとした。名を知らぬ者などいない。"英雄"セフィロス、まさにその人だった。


ただ、


「(…?な、何か疲れてない…?)」


どこがというか、雰囲気が。
近付いて来るにつれてその妙な疑惑が確信に変わった。目が充血している。まぁ、あんな長時間に渡ってモニタや資料を見つめていたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
と、あまり見ていては不審だと我に返り、は手元の本に視線を落とした。あくまでも気に留めていないのを装って軽く会釈をする。
調べものはもう終わったのだろうか?



カウンターの前を通り過ぎようとしたその時、



「所用で少し空けるが」



「!?―はい」


内心心臓が跳ねた。セフィロスは自分が座っていたテーブルを指し、


「あそこはあのままにしておいてくれ」
「は、はい、分かりました」


そして通り過ぎていった。



「(…し、しゃべった…)」


いやいや、それはあまりにも偏見か。



思い直し、その詫びという訳ではないが立ち上がると、後ろのコーヒーメーカーのスイッチを入れた。神羅社製のコーヒーメーカーは沸くのは早いが若干味を引き出し過ぎる癖がある。この仕事をするようになってから培われた勘でスイッチを切り替えると程良い、芳しい匂いが辺りに漂う。
慣れた手つきでカップに注いだコーヒーを、彼が座っていた机の上に運ぶ。砂糖は要るだろうか。…否、コーヒーはブラックで嗜んでいそうなのが率直なイメージだ。



「(…)」



とりあえず袋入りの角砂糖を一つ。



本当は書物保護のためといって資料室での飲食は禁止されている。しかし、実は室内にある書物は全てコピーで、原本は違う階に厳重にまとめてあるらしい。という事は周知されており、人の出入りが無い時はある程度の融通を利かせることが出来る。


と、机の上にコーヒーカップを置いた所で、思い出した。


「(あ…上の書庫の追加資料の片付け、頼まれてるんだった…)」


すっかり忘れていた。いつもならこんな事はないのに。今から始めると終わるのは恐らく朝方になるだろう。急がねば。
受付カウンターのプレートを「上の書庫にいます」という表示に変更しそそくさと移動した。いずれ戻ってくるであろう彼も、同じフロアに人がいない方が作業に集中できるだろう。
なんというか…そう、神経質そうなイメージがある。しまった、これも偏見か。



書庫に移動してしばらく、資料室の扉が開かれた。帰ってきた様だ。かといって覗く義理合もないのではそのまま資料の整理を続けた。椅子を引く音がして、それ以降は再び前と同じページをめくる音や僅かな物音のみが資料室に響いた。








そして数時間を経た。








資料室にある小窓に薄明るい光が差している。
朝が、来る。



「終わっ…た…」


何冊かの本を一気に棚の中に押し込み、背伸びをした。そういえば少し前にまた、資料室の扉が開く音を聞いたような気がする。用が済んで、出て行ったのかも知れない。資料室は入るときに受付を済ませれば出て行くのは自由だ。



「それにしても、珍しい人に会ったな…」



かんかんと小さく足音を立てながら階段を下り、人気の無くなったフロア内、受付カウンターに戻ると変化があった。彼が座っていたテーブルは片付いているが、カウンターの上には空になったコーヒーカップと付箋が挟まれた数冊の本が積まれている。



「…?」



これは…と首を傾げていた時、資料室の扉が開いた。姿を現したのは彼だった。まっすぐ目を合わせて、カウンターの前までやってくると静かに口を開いた。


「その資料だが…」
「コピーですか?」
「今から任務に向かうので、その間にでも…」
「分かりました。データベースで検索して端末に送れるものは転送しますね」
「あぁ、よろしく頼む」



早速作業に移ろうと腕の中に本を抱え込んだ。会釈して背を向けようとした時、


「それから―」
「?はい」
振り返る。



「次も、頼む」


「…?コピーですか?」


「コーヒー」


「あ……。―はい、ご入用でしたら、いくらでも」



小さく、ありがとうと呟き、彼も背を向ける。少しだけ、笑っていた様な気がする。妙な気分だ。英雄はまた、来るらしい。
でも、とりあえず。








「…セフィロスさん、おつかれさまです。」











先入観と銀色の背中



end